現在TBS日曜劇場で放送されているドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」の原作者としても知られる早見和真さん。その早見和真さんの小説で2025年本屋大賞2位に輝いた「アルプス席の母」は、高校野球を描いた小説です。ただ、主人公は球児ではなくその母。私も息子を持つ母として、共感したところなど感想をまじえて紹介します。
早見和真さんについて
横浜出身ながら愛媛で6年移住生活を送っていた早見和真さんは、愛媛在住の私からすると、愛媛新聞で連載されていた「かなしきデブ猫ちゃん」の印象も強い作家さんです。
「かなしきデブ猫ちゃん」は、デブ猫のマルが愛媛のいろいろなところを冒険する童話で、絵本化とアニメ化もされています。
水川あさみさんが主演だったドラマ「笑うマトリョーシカ」も早見和真さん原作で、舞台のひとつが愛媛になっています。櫻井翔さんが最後まで不気味な印象でした。
現在放送中のドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」では、早見和真さんは山本周五郎賞を受賞しています。
この記事で紹介する「アルプス席の母」は、産経新聞の夕刊で連載された小説で、2025年の本屋大賞2位になった作品です。
ちなみに、2025本屋大賞10位になった「成瀬は信じた道をいく」は、2024本屋大賞の「成瀬は天下を取りにいく」の続編です。
別記事で取り上げたのでよろしければどうぞ↓
また、2025本屋大賞は、阿部暁子さんの「カフネ」でした。
「アルプス席の母」のあらすじ
小学館の公式サイトでは、あらすじが以下のように紹介されています。
秋山菜々子は、神奈川で看護師をしながら一人息子の航太郎を育てていた。湘南のシニアリーグで活躍する航太郎には関東一円からスカウトが来ていたが、選び取ったのはとある大阪の新興校だった。声のかからなかった甲子園常連校を倒すことを夢見て、息子とともに、菜々子もまた大阪に拠点を移すことを決意する。
不慣れな土地での暮らし、厳しい父母会の掟、激痩せしていく息子。果たしてふたりの夢は叶うのか!?
補欠球児の青春を描いたデビュー作『ひゃくはち』から15年。主人公は選手から母親に変わっても、描かれるのは生きることの屈託と大いなる人生賛歌!
かつて誰も読んだことのない著者渾身の高校野球小説が開幕する。
確かに新しい高校野球小説なんだと思います。
でも、全国のがんばる球児たちの裏には、こういう親御さんたちのご苦労が当然あるわけで、同じく母親の立場からするといろいろと感じるところがありました。
『本当は女の子のお母さんになりたかった。』という一文で始まる「アルプス席の母」は、甲子園球場のアルプス席から息子のチームを応援する母親たちの場面が最初に描かれます。
その後、主人公・菜々子の息子・航太郎が中学生の時に戻ります。
菜々子は事故で夫を亡くしていて、女手一つで航太郎を育てています。
野球に限らず、スポーツや何かの芸事に本格的に取り組む子どもを持つ親は、何かとお金がかかるもので、お金以外の生活のサポートも大変で、母子家庭の菜々子はさぞ苦労したと思いますが、息子のためにがんばります。
息子の航太郎も、亡き父への想いを大事にし、母のことも思いやれるいい子でした。
公式あらすじにもあるように野球の成績の良かった航太郎は、その時一番行きたいと思っていた高校からは声がかからず、特待生として迎えてくれるという他の高校に進むことに決めます。
そこは寮生活になるのですが、菜々子も神奈川から大阪に引っ越し、息子の高校の近くに住むことにします。
東と西の言葉の違いや人付き合いの違いに戸惑い、近くにいるのに会えない息子の変化を心配し、部活の父母会の理不尽なルールに時に腹を立てたり傷ついたりしながらも、菜々子にも航太郎にも親友ができ、分かり合えないように思えたひととの間も少しずつ変化していきます。
そして、途中挫折を味わいながらも、最初に描かれていた甲子園の舞台へ。
「アルプス席の母」感想・共感したところ
私は、東京生まれ千葉育ちから結婚を機に何の縁もない愛媛に引っ越してきました。
その部分は、主人公の菜々子に通じるところかもしれません。
言葉使いを嫌がられる
寮生の母親たちに、初対面であいさつした菜々子。
「秋山菜々子と申します」と言うと、
- 申します、やて
- やっぱり標準語ってよそよそしいんやね
- えらい冷たい感じがするわぁ
と言われてしまいます。
これは私も経験したことで、標準語は事務的で冷たくきつい言葉に聞こえると言われました。
だからと言ってタメ口で話したら話したで、幼稚園のママ友に陰で「○○君(息子の名前)のママみたいなしゃべり方」と言われ、語尾が~さあ、~じゃん、となるのが鼻につくと言われていました。
そんなの、逆に私からしたら、愛媛の言葉はひどく乱暴でけんか腰に聞こえます。
でも多勢に無勢で私の方がやられてしまいます。
菜々子も最初は大阪弁を使いだした息子に違和感を感じ、おかんと呼ばないで、と言っていますが、だんだんと菜々子自身も周りの影響を受けて言葉が変わっていきます。
父母会の理不尽なルールと上下関係
菜々子たち1年生の父母は、最初に父母会の掟が書かれたプリントを手渡されます。
父母会が代々受け継いできたルールのようですが、そんな決まりがなんのために?というものが多く、菜々子も不満に感じながらも従うしかない状況でした。
たとえば1年生の父母は駅から公共交通機関を使うこと、というものがあり、菜々子もバスを利用します。
ところが、菜々子は駅と学校の間の地区に住んでいるので途中のバス停からバスを利用するのですが、「駅から」じゃないからダメだと上級生の父母からクレームが来ます。
なんなんだそれは?と思いながらも、菜々子はわざわざ駅まで歩いて遠回りする形で駅からバスを利用します。
私自身、息子の部活の保護者たちの決まりごとの中に同意しかねるものがあり、キャプテンの母親に訳を話して断ると、個人的に呼び出されて、すでに卒業している上の学年の母親たちもそれは許してはいけないと言っている、と説得されたことがありました。
その言い分も、私からすると理解できないものだったのを今でも思い出します。
菜々子も、ある父母会の伝統に異を唱え父母会から反発を食らいますが、一部味方してくれる人もいて、その後菜々子自身が上級生の役員になると、その伝統や数々の掟をみんなで話し合って見直すことにします。
こういう革命は、読んでいてスカッとする部分でした。
裏金?
父母会には、各家庭から8万円を集め、監督の活動費にしてもらう、という伝統がありました。
監督が毎年全国を回って優秀な選手をスカウトするための旅費は、学校からは支給されず監督の自費だから足しにしてもらおうという理由です。
しかし、その説明や受け渡しは対面によるもので書面としては一切残さないようにし、領収書も存在しません。
総額400万以上になる大金なのにおかしい、裏金だ、とみんな思いながらも、我が子をあずけている手前反対もできないという状況でした。
ある意味、子どもを人質にとられているような感覚です。
実際に似たような事件がありましたね。そちらは指導者による詐欺でしたが。
息子が心配なのに深く追及できない
寮生活を送る航太郎は、びっくりするほど痩せこけてしまいます。
それが心配で、なにがあったか聞きたいのに連絡が取れない菜々子。
ほかにも、航太郎が出してきた弱音(SOS)について、真意を尋ねたいのに聞けない菜々子。
腹を決められない自分を、不甲斐ない母だと落ち込んだりしながらも、菜々子は息子のために少しずつ強く成長していきます。
挫折も必要
有望な選手の航太郎は、ある挫折を味わいます。
きっとつらかったと思いますが、結果としてその挫折があって航太郎が更に強くなっていったのだと思いました。
もともと優しくて、周りを思いやれる航太郎ですが、自分が表に立てなくてもチームの仲間たちを支えるようなポジションにつきます。
菜々子を支えてくれるひとたち
菜々子の職場は、神奈川のつながりの紹介で決まった病院で、そこの面々は菜々子親子を応援してくれています。
その中のひとりがつなげてくれた馬宮香澄は、同じ野球部寮生に、ただひとり一般受験で遅れて合流した陽人の母親でした。
香澄もシングルで一人息子の母親で、菜々子の親友となっていきます。
父母会の方では、菜々子に対してひどい対応をするメンバーもいましたが、3年生の保護者たちは菜々子を気にかけてくれました。
そして学年が上がるにつれて、話せる仲間もできます。
味方が増えていくのは、菜々子を支えてくれたひとたちのおかげもありますが、菜々子自身が努力して成長していったことによる部分も大きいと思います。
ラストにじわっとくる
「アルプス席の母」のラストでは、物語最初の、甲子園のアルプス席から応援する菜々子のシーンが息子の航太郎からはどう見えていたかがわかります。
そしてこの本の「アルプス席の母」というタイトルが、航太郎のセリフとして登場します。
航太郎が「アルプス席の母」に対して抱いた想いが読者にわかり、じわっときます。
読んでいるうちに、航太郎だけではなく、ほかの子どもたちも応援したくなり、ラストに子どもたちそれぞれの進路もわかって、母親目線で嬉しくなりました。
野球に詳しくなくても、慣れない土地に移った経験があるとか、何かに打ち込んだ経験があったり、部活動などに励む子を応援した経験があるひとは特に、共感したり心を打たれるところがたくさんあると思います。




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