NHKで2024年にドラマ化された浅田次郎さん原作の「母の待つ里」は、主要キャストが中井貴一さん、松嶋菜々子さん、佐々木蔵之介さん、宮本信子さんと豪華な顔ぶれで、ぜひとも視聴したかったのですがBSだったため我が家では視聴できず。そこで原作小説を読みました。大人にずっしりしっとり、あたたかく染みる小説でした。ドラマとは少し違うようですが、あらすじと結末とその後の展開の希望を添えて、感想をまとめました。
ドラマ「母の待つ里」主要キャストは
主な登場人物と、演じた俳優さんの紹介です。
松永徹:中井貴一さん
まじめに仕事に取り組み、結婚しないまま大手食品メーカーの社長になった人物。
不正などしない清廉潔白で誠実な人柄がかわれて社長に就任。
親も故郷も捨てた彼は、40年以上里帰りしていません。
古賀夏生:松嶋菜々子さん
独身のベテラン医師。原作では60歳になる長身の美人医師ですが、ドラマでは53歳の設定みたいです。松嶋菜々子さんですもんね。
若くして亡くなった父も医師で、看護師の母に育てられましたが、その母も認知症になり施設に入って亡くなったばかり。
この母を見送った時の自分に、少し罪悪感を持っています。
室田精一:佐々木蔵之介さん
ふたりの娘が結婚し、妻とマイホームで暮らしていた会社員。
ところが日々、夫の精一の勝手さにストレスを感じていた妻は、定年退職した精一の退職金と今までの預金の半分をもらって離婚。
「理由は、あなた」と妻に言われますが、精一にとっては寝耳に水だし、娘たちは妻の味方。
突然ひとりになってしまい、気にかけてくれるのは妹の雅美くらいです。
ちよ:宮本信子さん
徹・夏生・精一が帰る「里」で彼らをあたたかく迎えてくれる「母」のちよ。
86歳で一人暮らしをしている、あたたかくて聡明な女性です。
帰ってくる「子どもたち」のために、手料理でもてなし、夜は物語を語ってくれます。
それぞれの子どもの心に誠実に寄り添い、ときに彼らを救うひとことをくれる「母」です。
原作小説「母の待つ里」の始まりは
物語は、松永徹の40年以上帰っていなかった故郷へ向かうところから始まります。
長く帰っていなかったとはいえ、母の名前も実家までの道も覚えていない徹に、読者は若干の違和感を抱くと思います。
故郷は、駅からバスで40分以上離れたところで、空き家ばかりで人の気配がほとんどない里山。
実家に向かう途中、「トオッちゃんではねがか」と声をかけてくる人物がいて、道を忘れてしまった徹に道を教えてくれます。
そして寺の横を通り抜けてたどり着いた実家には、きちんと「松永」の表札があり、「けえってきたが」と母があたたかく迎えてくれます。
母は嬉しそうに手料理でもてなし、寝る時には寝物語を聞かせてくれます。
途中で徹の今までに至ることや、会社のことなどが読者にわかるようになっています。
そして第1話の最後、里から戻るバスの中で徹は、「ユナイテッドカード・プレミアムクラブ」というところに電話をします。
その電話の内容から、読者はこの故郷が、世界最高のステータスを誇るカード会社の提供する、特別なサービスだったと知るのです。
「里」の種明かし
原作小説の第2話は、精一の里帰りです。どうやらドラマ版では夏生の里帰りが先になっているようです。
ここで、不思議な「里」と「母」の存在の種明かしがされます。
大企業の社長である徹や、独身のベテラン医師の夏生と違い、サラリーマン・営業部長の精一には、年会費35万の世界最高ステータス「ユナイテッドカードのブラックカード」は分不相応でした。
ただ、営業の接待に使える、有名店の席を常にキープしているサービスなどがあったため、持ち続けていたのでした。
定年退職し、ブラックカードは解約しようと思っていた矢先、「ふるさとを、あなたへ。」というキャッチコピーで届いた案内が、「ユナイテッド・ホームタウン・サービス」でした。
すでにアメリカでは展開されているサービスで、日本にも導入されたといいます。
要するに、テーマパークのように実在の里山にて、実際にそこで生活を営む人々をキャストとして契約し、利用者の母役や同級生役、近所に住むおじさん役などを演じる仕事をさせているのです。
過疎化に悩む里山の、村おこしも狙えるかもしれず、キャストを引き受けた村人にとっては収入を得る新たな道でもあります。
事前に、利用者の幼い頃の呼び名を聞くなどのアンケートに答えていて、それに沿ってあたかも本当のふるさとのようなサービスをするのでした。
「ライフストーリーの提供」だというそのサービス料金は、1泊2日で50万円!
精一にとっては高額過ぎるサービスですが、退職金と預貯金の半分を持って妻はいなくなり、ひとりになってしまった精一は、そのサービスを利用してみることにしたのです。東京生まれ東京育ちの精一にはふるさとはありませんでした。
徹の時と同じく、バスを降りると「セイちゃんではねがか」と声をかけられ、実家の表札は「室田」。
営業職で人懐こい精一は、ぎこちなかった徹と違い、キャストに合わせて会話をします。
そして、迎えてくれた「母」ちよは、「何があっても、母はおめの味方だがらの」と精一にあたたかく寄り添ってくれるのです。
登場人物の相談相手たち
次の3話4話では、このサービスに関して、徹が親友の秋山に、精一が妹の雅美に話します。
ふたりは客観的にそのサービスについて彼らに思ったことを言ってくれるので、読者目線に近いかもしれません。
そしてこのサービスの奥にあるものを匂わせます。
ところで、ドラマ版のキャスト欄には、秋山はいますが雅美がいません。
そして、妻の味方である娘が、ドラマ版での紹介では「精一の良き相談相手」となっているので、もしかすると妹の雅美の役割を娘が担っているのかもしれません。
また、ドラマ版では、「里」で精一が突然延泊を希望し、予約なしで突然訪ねてきた夏生と鉢合わせになるようですが、原作ではこれはありません。
ただ、原作の場合、兄から話を聞いた妹の雅美が兄に内緒でこっそり里を見に行き、たまたまその日リピート利用していた徹と鉢合わせ、村人たちが慌てるという展開があるので、それが盛り込まれているのかもしれません。
なぜ雅美が里を見に行くかと言うと、すっかり里と母ちよを気に入った精一が、先祖代々の墓を、この里の寺に移すと言い始めたからでした。
雅美も娘も嫁いでしまっているし、墓守の最後は自分ですから、いっそ里に移住して、可能ならちよと同居、だめなら近くに家を探して・・・とまで考え、ちよに提案してちよを困惑させます。
徹もリピート利用するくらい、里と、なにより母ちよに惹かれていました。
夏生の場合
3人目のサービス利用者である医師の夏生は、母を看取ったばかり。
でも、認知症の母を施設に入れてから十分に介護もできず、最期は娘としてと言うより医師目線で見送ってしまったことに罪悪感を感じていました。
そして60歳となる自分の今後も考える時期でもあり、学会参加までのわずかな休みで「ユナイテッド・ホームタウン・サービス」を利用してみたのです。
そして夏生も、徹と精一と同じく、この里と母に魅了されるのでした。
母ちよは、ユナイテッドカードとの規約をやぶる行為であったものの、自分の気持ちがそれではおさまらないからと、夏生に、実の母へのお悔やみを言ってから、このサービスの母役を始めます。
徹の時も、精一の時も、ちよはいつも誠実に心から母として向き合ってくれる存在でした。
夏生もリピート利用しますが、この過疎の里を支える若夫婦の、嫁いできた妻とキャストとしての役割抜きで語り合ったり、ちよにはほかにも、関西からやってくる別の大事な子ども(利用者)がいることを知ります。
また、夏生にも話を聞いてくれる存在がいて、かつて指導した若い医師・小山内秀子に、実の母の事や里のサービスとそこで出会ったもうひとりの母について語るのです。
すでに結婚して母となり、実家の病院の若先生となっている小山内秀子は、夏生の話を聞いて、夏生を思いやりつつ、そのサービスを冷静に分析してくれます。
突然の「母」との別れ
ところが、そんな「母」ちよとの別れが突然やってきます。
以下ネタバレ注意
3人のもとに、ユナイテッドカードから連絡が入ります。
それは、今までの里と母のサービス内容変更の連絡。
別の里と別のペアレンツ(母)であれば利用可能とのことでした。
なぜ変更なのか。それは「母」ちよが亡くなったからでした。
信じられない思いの3人。
特に医師である夏生は、なぜ自分はちよの体調に気付かなかったのかと悔やみます。
雪の中、葬儀にかけつけるため里へのバスに乗った夏生は、車中で同じくかけつけた精一と一緒になり、お互いサービス利用者だとわかります。
ちよの家に着くと、後ろの席に着こうとしたふたりを、最後まで子どもでいてやってくれと里の人たちが親族席に通します。
親族席には紳士がひとりだけ。
この紳士が本当のちよの息子かと思ったふたりですが、それは先に着いていた徹でした。
読経と焼香を終え、互いに自己紹介をし、里の人たちと弔いの酒宴。ずっと元気だったちよさんが倒れているのを、朝訪ねてきた近所のお嫁さんが見つけたそう。
すでに亡くなっていたそうで、夏生は状況からして脳血管障害か心臓疾患だろうと考えます。
そして夜になって、突然もうひとりの「子ども」が現れます。
夏生がちよから聞いていた、関西にいる「子ども」。3人にとっては「弟」でした。
「嘘や」と取り乱す「弟」に、徹が「あなたの兄ですよ」と笑顔で声をかけると、「弟」は「おかあちゃんに死なれてもうた」と泣き崩れます。
「弟」田村健太郎:満島真之介さん
関西からやってきてサービスを利用していたもうひとりの「子ども」は田村健太郎。ドラマ版のキャストは満島真之介さんです。
健太郎と、その妻のエミは、どちらも親の愛を知らずに育ち、10代で結婚して6人の子を育て、全国展開する居酒屋チェーンを経営する人物でした。
夫婦そろってちよを本当の母のように慕い、正月をちよと共に過ごしたりしていました。
健太郎から電話連絡を受けた妻のエミも、電話の向こうで泣き崩れます。
里の人たちは、「子ども」たち4人が通夜に泊まれるように部屋を用意し、次の日は「火葬場さ行って、骨さ拾ってやってくなんせ」と言います。
4人とも泊まりましたが、徹と夏生は仕事があって、朝早くに里を出ます。
徹と夏生はバスの中で語り、ふたりともほかの里と母のサービスは利用しないと話します。
結末
徹と夏生が帰りのバスで語る中、窓からすでに廃校となった里の小学校を見て、夏生は思いつきます。
今はお年寄りの集会場になっている小学校の空き教室を、診療所にできないか。
近くの空き家に住んで、過疎の里のみんなをのんびりと診察する自分を想像して、妙案だと思う夏生。
夏生は徹に、「松永さんはこれっきりですか」と聞きます。
徹は、まだ不自由な身だが、自由になったら帰ってきたいと答えます。
「おかあさんの真似はできなくても、エキストラなら使えましてよ」と言う夏生に、徹は「悪くありませんね」と笑うのです。
すばらしい嘘の登場人物になるのも悪くない、と。
一方、「兄」の徹と「姉」の夏生が寝た後もふたりで通夜を飲み明かした精一と健太郎は、残ってちよの骨を拾い、健太郎のこれまでを聞きます。
ちよの骨を真っ先に拾ったのはふたりで、骨壺と位牌を抱いたのもふたりでした。
だから精一は決心するのです。
「どうやら家を継ぐのは自分しかいないらしい」と。
ちよの語る物語
子どもたちにちよが語る物語は、おとぎ話のようでいて、実は里で昔に実際にあったできごとをもとに伝えられる民話で、物語に出てくる祠などが実在していて、夏生が見に行ったりしています。
「母の待つ里」は、最後に、健太郎夫婦がお正月に来て自分たちのつらい過去の事や苦労をちよに話したことに対して、ちよ自身も自分の過去を物語のように聞かせたもので締めくくられています。
ちよには息子がいました。
その息子は里を出て漁師になり、結婚して子どももできて、夫を亡くした母のちよを呼び寄せましたが、ちよは里を離れませんでした。
それでも、山を隔てた向こうの海沿いに住む息子夫婦と孫たちは、折に触れてちよのところに家族で遊びに来ていたようです。
ところが、そこで起きてしまったあの東日本大震災。
息子一家は津波の犠牲になってしまったのでした。
里の人が、ちよのことを寂しい人だと語る場面がありますが、最後のちよの語りで、ちよが本当の息子や孫を失ってしまった経緯がわかって「母の待つ里」は、終わります。
期待するその後
ここからは勝手に私が期待してしまうその後です
もちろん精一は、墓を里に移す。妹の雅美は里を見た後、「応援はできないけど、反対はしません」と言っていたし。
そして、ちよの家に住んで、里の人々とうまくやりながら、ひょっとしたらお寺の和尚亡きあとも、跡継ぎのいないお寺の管理を少しはするのかもしれない。
夏生は、自分で思いついた「妙案」通りにする。近くに医師がいることで、里のみんなも心強いだろう。
そして、小学校の管理をしていた裏の家のお嫁さんを手伝ったり、同級生役だった酒屋のおかみさんと仲良くなるだろう。
ちよが気にしていた祠やお地蔵さんのお参りも欠かさないかもしれない。
徹も、社長引退後、本当に里にやってくるのではないか。
物語の中で、徹には、非常に優秀な秘書・品川操がいる。
彼女は40歳で独身、先代社長からずっと秘書として働いてきた人で、徹は里の事も彼女に話している。
過疎の里の村おこしと、カード会社が手を組んで行うビジネスの奥にあるものやその可能性と展望を分析してみせる。
そして、カード会社の担当者のある秘密にも気付く。
あんまり優秀なので、徹は彼女を自分の秘書として閉じ込めておくのはもったいないと思いつつ、手放したくはない。
それで、「倅がいたら嫁に欲しいくらいだがね」と言い、品川操が「寿退社させますか」と問うと、「いや、させないね。嫁が秘書でもかまわんだろう」と答える。
すると彼女は言うのだ。「息子さんじゃなければだめでしょうか」
あやうい冗談、とこの場は流されてしまうけれど、徹と結婚するかどうかはさておき、品川操を連れて里に来るのはどうだろう?
優秀な彼女の手腕と、信頼の厚い徹と、ひょっとしたら元営業マンの精一も手伝って、ちよの亡き後の里を盛り立ててくれはしまいか。
健太郎夫婦も、ちょくちょく精一の住むちよの家を訪れる。
居酒屋チェーンの経営は、6人いる子どもたちの誰かに引き継いで、健太郎夫婦も裸一貫で成し遂げた居酒屋チェーンの全国展開の経験を、村おこしに活かしてくれるかもしれない。
・・・どうでしょう?私の希望です。
とにもかくにも、心に染みる小説でした。
大人に読んでいただきたい一冊です。
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