きたきた捕物帖シリーズ第3弾「気の毒ばたらき」を紹介します。北一がさらに成長、仲間も2匹増えて、周囲の人々のあたたかさも変わらず、一気に読みました。そして「桜ほうさら」から続く、村田屋治兵衛の妻殺しの真相がとうとう明らかに。宮部みゆきさんが生涯書き続けたいと語ったきたきた捕物帖シリーズでは、今までの作品で書ききれなかった謎や背景、伏線を回収したいとのことで、宮部みゆきファンとしては楽しみです。とは言え、たくさんありすぎて全部覚えていないというのが情けないのですが。そんな「気の毒ばたらき」のあらすじを登場人物、感想とともにまとめます。
きたきた捕物帖シリーズについて
きたきた捕物帖シリーズは、主人公の北一が住む富勘長屋が、別の宮部みゆき作品「桜ほうさら」の舞台ともなっています。
しかも、北一が住む部屋の前の住人が「桜ほうさら」の主人公・笙之介です。
そのため、長屋に住む面々は「桜ほうさら」と同じメンバーですし、長屋の差配人・勘右衛門や、手習い所の武部先生も登場します。
「気の毒ばたらき」でももちろん登場し、村田屋治兵衛と番頭の帚三や勝文堂の六助、馴染みのお店・とね以も出てきます。
「桜ほうさら」については以下の記事をどうぞ。
また、前作の第2弾「子宝船」では、また別の宮部みゆき作品「ぼんくら」から銀髪の政五郎親分と大人になったおでこも登場し、「気の毒ばたらき」ではおでこが続けて登場、北一の力になってくれます。
「子宝船」については以下の記事をどうぞ。
第一話 気の毒ばたらき
そもそも「気の毒ばたらき」って何?と思っていましたが、災難にあって苦しいひとたちに対して「気の毒だねえ」と近寄って、必要な物資を届けたり助けてやる風な態度で周囲を物色し盗みを働くという、火事場泥棒のことでした。
第一話では、身寄りのない北一をひろって育ててくれた亡き千吉親分の住まいであった、朱房の文庫屋が火事にあって焼失してしまうという事件が起きます。
火事に駆けつけた北一の危ないところを助けてくれたのは、相棒・喜多次。
そして、その火事は放火によるものだったのです。
その放火の容疑をかけられたのは、朱房の文庫屋に、北一がひろわれる前からずっといる住み込みの女中・お染。
お染は北一のこともかわいがってくれたひとで、お染が放火をしたなんて北一は信じられません。
そのお染は、千吉親分の文庫屋を継いだ万作の妻・おたまに3日前(火事の2日前)に追い出されていました。
そして現在行方知れず。
千吉親分との関わりや、おたまの人柄については、以下の記事をどうぞ。
当時、放火の下手人は、市中引き回しの上で火あぶりだったそうです。
お世話になったお染さんをそんな目に合わせたくない北一。
そんな中、火事にあったひとたちの仮住まいでの盗難騒ぎがあり、北一は怪しい男たちを目にします。
捜査を開始する北一は喜多次の手を借ります。
新たな仲間登場
そこで新たな仲間が登場。
犬のシロとブチです。
どちらも野良犬で、喜多次が仲間にしましたが、お互い飼い犬でもないし飼い主でもないと言います。
この2匹は表紙にも描かれていて、大活躍します。
シロは大きな犬ですが、片耳がちぎれていて、片目も半分つぶれています。
ブチは小柄で華奢で、鼻にそがれたような傷跡があります。
風貌からして、苦労してきた2匹なのでしょう。
喜多次とシロとブチの活躍を、冬木町のおかみさん・松葉(千吉親分の妻)に話すと、会ってみたいと言っているので、いつか会える展開がありそうです。
ほかの登場人物たち
煮売り屋のお仲という女性が出てきます。夫を亡くしてひとりで、おいしいと評判の煮物を作っています。
お染の友人であり、ちょっと登場して終わりかと思いましたが、心根の優しいひとのようで、第一話ではつらい思いをしながらも、第二話にも少し登場しています。
おみつにいいひとができたのでは?と前作で匂わせていましたが、相手が登場します。
青果問屋の番頭・松吉郎で、かつて火消しの仕事でやけどを負ったことのあるガタイのいい男です。
分店を任されているくらいだから、仕事もできるのでしょうが、おかみさんがいいひとだと認めたので、本当にいいひとなのだと安心しました。おみつさんには幸せになってほしいですからね。
そして冬木町のおかみさん・松葉は相変わらずかっこいい。盲目の分、耳も鼻も勘もするどく記憶力もいいできたひとです。
「ホントは、ちょっとぐらい目が見えてるんじゃねえんですか」という北一の心の声が何度かでるほど。
検視の名手・与力の栗山周五郎も健在。前作で北一の丁寧な仕事ぶりを買い、子飼いの岡っ引き見習いとして北一をつかうひとです。
今回もおおいに力になってくれます。
そして第1作目「きたきた捕物帖」からずっと北一を助けてくれる青海新兵衛。今回は多喜次とも顔合わせし、今後も力になってくれる存在でしょう。
第二話 化け物屋敷
出だしは年末、第一話のその後の話から始まります。
火事を起こしてしまい、店が無くなった万作とおたまの朱房の文庫屋は廃業し、万作は千吉親分の文庫は北一が継いでくれと言います。
その万作とおたまの長男・長作は12歳の素直ないい子ですが、文庫売りを続けたいという本人の希望をくんで、北一のところで働くことになります。そして長作の住まいは、文庫屋の職人・末三じいさんの娘夫婦のところに。
そしてなんともじんわりくるのが、北一とおみつのおかみさんへの提案。
「きたきた捕物帖」で千吉親分が亡くなった後、残されたおかみさんをおたまは追い出してしまうのですが、沢井の若旦那と勘右衛門(通称・富勘)のとりなしもあって、朱房の文庫を受け継ぐ代わりに看板料をおかみさんに収めるという約定をしていました。
その店が無くなってしまった今、おかみさんの暮らしをふたりは考えるのです。
北一は、今後は朱房の文庫を受け継ぐ自分がいっそう励んで、万作夫婦に代わって看板料をおかみさんに払うことも引き継ぐと。
おみつは松吉郎と所帯を持ったら、このままおかみさんと一緒に夫婦で同居させてもらって家賃は自分たちが払い、おかみさんのおそばにいると言います。すでに松吉郎は賛成していて青果問屋の旦那様にも家主にも許しを得ていると言います。
しかも、おみつはそれをおかみさんがだめと言うなら嫁がないとまで言って、半べそで引き下がりません。
おかみさんはそんなふたりに礼を言って、算段するよと答えます。どうなるかわかりませんが、おかみさんの目のことも熟知しているおみつさんが、気のいい松さんと一緒に冬木町で暮らせたら読者としても安心です。

そして年が明けて、楽しいお正月です。
その前の年のお正月はまだ千吉親分が存命で、その後まもなく亡くなるので、そろそろ一周忌というところ。
おかみさんのところは喪中ですが、おみつと、第一話の登場人物・煮売り屋のお仲と、女3人で亡き人たちを思って集っています。
今回は出番が少なめの欅屋敷の若様・栄花からお年玉をもらい、栗山の旦那のいいひと・お里からもお年玉が。このお里のお年玉である組紐が、その後の北一を守るアイテムになります。
そのほか、お世話になった方々を、富勘にも付き添ってもらいながら挨拶回りをする北一。
いろいろなひととのやりとりが楽しいところです。
しかしその後、北一はスリを捕まえようとして頭を蹴られて大変なことに。それもあって、北一は喜多次に自分を鍛えてもらうことにします。
村田屋治兵衛の妻殺しの捜査が始まる
そしてそして、第二話の中心となる話は、「桜ほうさら」から引っ張られている、村田屋治兵衛の妻殺しの一件です。
28年前の事件で未解決、治兵衛自身が犯人ではないかとささやかれたことも。
それを解決したいと北一が思ったのは、治兵衛さんから商いの誘いを受け、それを末三じいさんに反対されたことがきっかけです。
末三じいさんは、その妻殺しの一件と、治兵衛と深いかかわりのあった浪人が闇討ちにあって死んでしまった一件をあげ、そういうことが起こる治兵衛には深い業があって、そういうひとと商いで手を組みたくない、という理由でした。
浪人闇討ち事件について
ちなみにその浪人とは、「桜ほうさら」の主人公・笙之介のことです。
以下桜ほうさらネタバレ注意(見たくない方は次の小見出しに飛んでください)
笙之介は、北一の住む部屋の前の住人で、武芸はさっぱりでしたが、絵をかいたり文字を書いたりする腕前は確かで、手先も器用でした。そこで治兵衛から仕事を受けたりしていた若い浪人です。
この笙之介、襲われたことは事実ですし、死にそうな大けがを負ったのも事実ですが、実は死んでいません。
ある事情があって、表向き死んだことになっていますが、名前と住まいを変えて生きています。
ただ、この事実を、きたきた捕物帖シリーズの登場人物の中で誰が承知しているのかははっきりしません。
この名前を変える段取りをしたのは富勘なので、当然富勘は知っています。
一命をとりとめた後、太一は笙之介に会いに来ているので、生きていることは知っていますが名前の事は知っているのかどうか不明。太一が笙之介が生きていることを知っているのだから、おそらく富勘長屋のみんなも知っていて知らないふりをしていると思われます。
武部先生も笙之介が生きていることを知っているはずですが、名前の事を承知しているかは不明。
とね以の主人夫婦などは、このあたりに関わっていないと思われるので、ほかにも本当に笙之介が死んでしまったと思っている登場人物がいるのかもしれません。
村田屋治兵衛に関しては、笙之介自身が、名を変えても村田屋治兵衛との商いを続けると言っていたので、おそらく今でもこっそりやりとりがあるはず。
少し気になっているのは、「子宝船」の第三話・人魚の毒の中のあるシーンで、北一が村田屋を訪ねると親子のように見える先客が来ていて、治兵衛や帚三と親しげに話していたので出直すというところがあります。
ひょっとして笙之介?と思ったのですが・・・。
父のように見える方は、裕福な商人風とあったので、佐伯老師や長堀金吾郎ではなさそうなので、もしかしたら和田屋さん?和香とうまくいって、義理の親子になった??と想像したりしています。全然違うかもしれませんが。
だからそのうちひょっこり登場するのでないかと期待して、きたきた捕物帖シリーズを読んでいます。
このあたりの詳しい内容はぜひ「桜ほうさら」を読んでみてください。
この事件を解決したかったのは北一だけじゃない
28年も前のことなので、北一が頼ったのはもちろんおでこ。
おでこが北一に優しく説いて聞かせるくだりは、ああ、おでこは素敵な大人になったのだなと思います。
そこで、当時、沢井の若旦那の父であり、今は隠居している沢井蓮十郎と、今は亡き茂七大親分と、政五郎親分もこの捜査にあたり、若き千吉親分も、あとを継いでこの事件を解決したがっていたことがわかります。
もちろん、おでこ自身も、いつもの記憶を手繰り寄せる作業をせずとも詳細を話せるくらい、この事件を解決したい思いがありました。だから喜んで北一に協力してくれるのです。そしておでこの親友・弓之助らしき人物の助けも。
事件のことを知る富勘にも相談し、富勘が沢井蓮十郎につないでくれ、おかみさんやお里、栗山の旦那、沢井蓮十郎の間者としてはたらくお恵と杢市、たくさんのひとの力を借りながら北一は頑張ります。
シロとブチ再び
そしてシロとブチも活躍。もちろん相棒喜多次も。
シロとブチに関係して、青海新兵衛も協力してくれるくだりがあり、ここで喜多次と青海新兵衛が出会うことになります。
事件の真相が見えても
28年前ということもあり、想像で補うしかない部分はあるものの、みんなの活躍があって、村田屋治兵衛の妻殺しの事件の真相がほぼわかりました。
なんとも嫌な事件でした。今問題になっている闇バイトみたいなものもあるし、きちんと育ててもらえなかった子どもの末路も悲しいし、身勝手な理由で他人をいいようにする人間の恐ろしさもあって、やるせないです。
勝文堂の六助・通称勝六が、普段旦那に言われてることを北一に言う場面があります。
残念だが、世間には私らの思いもつかぬような酷いことを平気でやらかす悪人がいる。おまえたちも出先で、誰かが難儀している様子を見かけたら、放っておいてはいけない。一人ではどうにもできなくても、大きな声を出して騒ぐんだよ。
これは勝六の旦那が、治兵衛の事件を他人事と思わず気にかけていて言ったことですが、妙に心に残りました。
今の時代、他人が変に関わろうとすると、不審者扱いされそうで躊躇してしまいますが、この物語の中で、見ず知らずの怪我した少年を送ってあげる北一や、惚れたおみつのためとは言えおかみさんを思ってくれる松さんや、自分にはなんのメリットもないのに立ち回ってくれる青海新兵衛や、みんなで助け合う富勘長屋の面々を見ていると、あたたかい気持ちになる一方で果たして自分にこれができるかと考えてしまいます。
どよんとした気持ちの中、最後に第一話に関係するある人物が北一を訪ねてきて物語は終わります。悪人ばかりじゃないよね、と改めて感じました。
そして、その訪ねてきた人物の職業と名前が、「桜ほうさら」の中で笙之介と関わったある人物とつながっているのでは?と思わせるものだったので、次回作に期待しています。
北一と喜多次を追いかけたい
宮部みゆき作品には、様々な少年が登場し、たいていは応援したくなる子が多いように感じています。
北一が、事件解決のためにシロとブチを使おうとして勝手に話を進めてしまい、シロとブチを対等と見る喜多次の怒りを買う場面で、北一はすぐに、喜多次と自分を「俺たち」と勝手に言ってしまったことや、飼い主でもないのにシロとブチを使おうとしたことを反省します。
そして喜多次に謝り、正座してシロとブチに「力を貸してもらいたい」と頼みます。
今回の事件のせいで北一の顔つきが変わってしまったことも経て、この世の悪を知って成長しながらも、北一の優しくてまっすぐなところが変わらず残って欲しいと思います。
喜多次も、無口で無愛想で時々失礼な態度をとることはあっても、行き倒れの自分をひろってくれた長命湯のおじいちゃんおばあちゃんのためにずっと働きながら用心棒をしていたり、どうしようもない悪に対して怒ったりといい子なのは伝わってきます。
父親を供養してくれた北一への恩返しとして協力するようになったはじまりですが、おそらくもうそれだけではないはず。
北一の人となりを知って、手伝ってやろうと思うようになった友情のようなものが絶対あるのだと感じます。
ずっとこのふたりと、周りの素敵な大人たちを追いかけたいなと思わされる作品です。
もしかして誤植?
「気の毒ばたらき」の中に誤植かと思われる箇所がありました。
宮部みゆき作品で私が見つけたのは初めてだと思われ、勘違い?とも思いましたがたぶん誤植かと。
私が読んだのは、2024年10月29日発行の単行本で、122ページ最後のおかみさんのセリフに、
この老婆は若いころに病で目の光を失い、その分、耳と目が利くようになっていた。
とありますが、目の光を失っているのだから、利くようになったのは「耳と目」ではなく「耳と鼻」だと思われます。
実際、老婆は血の匂い、肌の匂い、と語っています。
ネット上に情報があるかと軽く検索してみましたが私には見つけられませんでした。
新しい版はすでに修正されているのかもしれません。
「気の毒ばたらき」は、嫌な気持ちになる犯罪を読むことになりますが、コミカルな描写も多く、何よりあたたかな人情が感じられる作品です。
きたきた捕物帖シリーズ、おすすめです。
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