宮部みゆきさんが生涯書き続けていきたいと語った「きたきた捕物帖」シリーズ第2弾「子宝船」を紹介します。宮部みゆきさんの作品には、別の作品の登場人物がよく出ますが、今回は「ぼんくら」からあのキャラクターが登場!そしてとうとう、椿山家の青海新兵衛が仕える若が北一の前に姿を現しました。「桜ほうさら」から続く登場人物たちももちろん活躍します。その「子宝船」を、少しネタバレありであらすじを感想を添えてまとめました。きたきたコンビの活躍と北一の成長も楽しいです。
きたきた捕物帖シリーズとは
宮部みゆきさんによる時代小説「きたきた捕物帖」の主人公は、16歳の北一。
身寄りのない幼い北一を拾ってくれた、岡っ引きの千吉親分が亡くなってしまうところから「きたきた捕物帖」シリーズの物語は始まります。
親分の本業の文庫売りを継ぎ、きたきた捕物帖の1巻最後で独り立ち。
そして岡っ引きとしても成長中の北一。『きたきた』のもうひとりの『きた』である、相棒の喜多次との活躍もあり、事件を解決していきます。
亡き親分のおかみさん・松葉や、「桜ほうさら」の舞台でもある北一の住む富勘長屋のみんな、椿山家の面々、そのほかいろいろな人物が、がんばる若い北一を助けてくれます。
「きたきた捕物帖」1巻については以下の記事で紹介しています。
また、舞台が富勘長屋であり、北一の住む部屋の前の住人・笙之介が主人公の「桜ほうさら」については以下の記事で紹介していますので、こちらもどうぞ。
今回の「子宝船」の中でも、笙之介の話題は出てきていて、北一よりは年上の若い浪人で、富勘長屋のおきんが片思いしていた(相手が笙さんだとわかるのは桜ほうさら読者)とか、字が上手だけど剣術はからっきし、などと言われています。
ですがその笙之介は、闇討ちにあって死んでしまった、と北一は聞かされています。
しかし実は・・・
気になるひとはぜひ読んでみてください。
第一話 子宝船
独り立ちを決めた北一に、椿山家の用人・青海新兵衛が、文庫作りのための小屋を探してきてくれました。
早速、北一の文庫作りを担ってくれている職人の末三じいさんと見に行き、その小屋を借りることに決めた北一。
なんと椿山家の女中頭・瀬戸殿がお祝いの品を持って訪ねてきてくれます。
瀬戸殿にもどうやら認めてもらえた様子の北一。
椿山家の若は文庫の絵を描いてくださるし、新兵衛も何かと助けてくれて、椿山家にはずいぶん気に入られているようです。
さて、新しい文庫を売るために、北一はチラシの研究をするため、喜多次のもとを訪れます。
喜多次にはカラス天狗の彫り物があり、年齢不詳、腕っぷしが強くて、汚い恰好をしているが整った顔立ち、何かと謎だらけですが、行き倒れになっているところを長命湯の主人夫婦に助けられ、恩を感じて釜焚きをしつつ、こっそり老いた主人夫婦の長命湯の用心棒をしています。
北一が来たのは、喜多次のところには、釜焚きのための紙屑やゴミが集められていて、その中に市中に出回っているチラシがあると思ったから。
その紙屑の中に、同じ宝船の絵が何枚も見つかります。七福神の弁財天だけが背を向けているという絵。
気になった北一はその絵を持って帰りますが、これが事件に関わるものになります。
縁起物を描いては配っていた酒屋の主人の宝船の絵が、子宝を授かると評判になったものの、ある家の子が死んでしまい、その家の宝船の絵から弁財天が消えていたというのです。
この事件を調べる中で、富勘長屋の辰吉のことや、同じく桜ほうさらからの登場人物である村田屋治兵衛の過去なども知ることになります。
そしてこの事件で一役買うことになる北一の文庫を作る過程で、椿山家の若の姿が初めて見られることに。
そしてそして、事件に関わった衆を収める場に颯爽と現れた銀髪の大男は・・・本所回向院裏の政五郎親分!
宮部みゆき作品のひとつ、「ぼんくら」の登場人物です。
北一の亡くなった千吉親分を後押ししてくれたのが政五郎親分だった、という設定でした。
その政五郎親分の名前しか知らなかった北一は初対面、そして政五郎親分にどうやら見込まれたようで、この事件の後始末を命じられます。
さてさて、事件の真相は、ぜひ実際に読んでみてください。
第二話 おでこの中身
第二話のタイトルを見て、ピンときた宮部みゆきファンは多いでしょう。
そう、第一話に続き、「ぼんくら」の登場人物・おでこが登場します。
しかも、あのかわいいおでこがすっかり大人になっての登場です。
北一は政五郎親分におでこを紹介してもらいます。
実は北一は、村田屋治兵衛の昔の事件をきちんと調べたいのでした。
そこでおかみさんに相談すると、「北さんの力で解いてごらんな」と政五郎親分を頼ることを提案されます。
おでこは、なんでもかんでも覚えてしまう頭脳の持ち主。
身寄りがなく政五郎親分に育てられ、大人になってご番所の文書係になっているそう。
そして、「桜ほうさら」からの登場人物・手習い所の武部先生も「きたきた捕物帖」から引き続き登場します。
この第二話で起きる事件は、北一も親しくしていた弁当屋桃井の一家、若夫婦と小さな子の3人が毒物で死んだというもの。
武部先生に一緒に来いと言われ、場を検めに行った北一は、ひどい現場でむせび泣くのでした。
そして、本所深川方同心の沢井蓮太郎と検視の栗山周五郎が現れ、「きたきた捕物帖」でのある一件で北一を見込んでいた沢井が北一を栗山に紹介し、栗山の仕事を手伝って北一は現場を学ぶこととなります。
その現場で、北一は怪しい女を見かけます。
そこから、富勘、武部先生、喜多次、おかみさん、髪結床のうた丁、といろいろなひとの助けを得て、この事件の下手人は女らしいこと・手慣れていること=前にも同じ殺しをやっているのでは?という推論に達し、なんでも覚えているおでこのもとを訪ねるのです。
結論から言うと、第二話ではこの事件は解決しません。
事件のあらましと、おでことの出会いまでに行きつくやりとりで終わります。
でも、宮部みゆきファンにはたまらない展開です。ぜひぜひ読んでもらいたい。
大人になったかわいいおでこが北一にこんなことを言って第二話は終わります。
こっちが先に折れたらいけません。図太くおなりなさい。その助けになるのなら、手前のこのおでこの中身、いつでもお役に立てましょう。
「子宝船」宮部みゆき著/PHP文芸文庫より
この時代、貧しさの中、実の子が口減らしのために捨てられたり売られたりして、身寄りのない子が大勢いたのだと思います。
でもこの「きたきた捕物帖」シリーズはその分、血のつながらない子や若者に、気持ちよくさりげなく手を貸してやることのできる大人がたくさん登場する素敵な物語です。
そしてそうやって育った、おでこや北一や喜多次が、ゆくゆくは誰かを助けてあげられる大人に成長するのでしょう。
じーんとするセリフややりとりが、宮部みゆきさんの読ませる粋な文章で迫ってくるのです。
第三話 人魚の毒
第二話での弁当屋桃井一家毒殺事件、北一は事件後に店の前で見かけた怪しい女を疑います。
ところが、桃井の奥さんにしつこくつきまとっていた男がつかまり、自白させるために過酷な拷問が課せられ、その男は自分がやったと言ってから死んでしまいました。
形の上ではこの事件は解決したことになります。
しかし、検視をした栗山も、おそらくその男は冤罪で真犯人がほかにいると考えていました。
事件の日の朝、一家3人のほかに、現場には別の女の足跡が残っていたのもわかっていたのです。
そこで、北一の仕事ぶりを評価していた栗山は、この事件が正しい解決をするまで自分の下で使い走りをしないかと北一に言います。
北一は、驚きながらもすぐさま「へえ、喜んで走り回らせていただきます!」と答えるのでした。
ですが、表向き解決したはずの事件を、沢井の若旦那もいる手前、おおっぴらに調べる訳にはいきません。
そこで北一を助けてくれるひとたちがたくさん出てきて、ぐっときます。
途中、「桜ほうさら」からの登場人物も出てきます。
そのうち、北一の動きが沢井の若旦那にばれて、若旦那がおかみさん(松葉)を訪ねてくる場面がありますが、ここでおかみさんは北一をかばい、若旦那を説得してくれるのです。
偶然その場に居合わせてしまって、陰からそのやりとりを聞いていた北一に、おかみさんは千吉親分の想いを語って聞かせます。
千吉親分が、子分たちの誰にも跡を継がせないと言ったのは、子分たちを見限ったからではありませんでした。
千吉親分は、後ろ暗い過去を持つ岡っ引きに頼らない仕組みを作りたいと思っていたようです。
とにかく怪しいものを捕まえて、ひどい責め方(死んでしまうような拷問)をしてでも白状させ、それで解決といういい加減なやり方を変えたかったのです。
思い半ばで亡くなってしまった千吉親分が惜しまれます。
そんな中、怪しい女の若い頃を知る人物が現れ、おでこの中身も役立ち、たくさんのひとたちに助けられながら、北一は調べを進めていきます。
途中、喜多次の一族が、間者・忍びと呼ばれる者たちだったことも明かされ、その喜多次の助けも得て、女の居場所を突き止めて相対するのですが・・・。
喜多次に、「生まれながらの化けもの」と言われたその女の心境に、私はどうにも共感できませんでした。
宮部みゆきさんの作品には、いろいろな犯人が登場しますが、例えば「火車」の犯人には、犯罪を犯してしまったことは許されなくても、そこに至ってしまった理由は同情できるものでした。
でも、今回のこの犯人の女に関しては、宮部みゆきさんの作品の「模倣犯」の犯人が私の頭に思い浮かびました。
生い立ちがどうであれ、どうしても共感しがたい残酷さや身勝手さを持っている人物が実際にも存在するのかと思うと、恐ろしくなります。
とは言え、北一を囲む人々の温かさに癒され、きたきたコンビの活躍と成長を、読者の一人として楽しみに次回作をまた読みたいと思います。
2025年4月現在、「きたきた捕物帖」シリーズは、3冊目の「気の毒ばたらき」が出ています。
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