朝井リョウさんが「正欲」「生殖記」とノミネートされていた本屋大賞。そして今回みごと本屋大賞を受賞された「イン・ザ・メガチャーチ」は、現在の日本のファンダム経済が舞台です。友人に勧められて読んだこの作品は、私にとっては初めての朝井リョウさんの小説でした。もともと私自身にオタクと呼ばれる気質があるだけに、なんとも空恐ろしく感じる内容でした。今回はその感想と共に「イン・ザ・メガチャーチ」を紹介します。
朝井リョウさんとビハインド映像
「イン・ザ・メガチャーチ」は、2026年本屋大賞受賞作であるとともに、朝井リョウさんの作家生活15周年記念作品にもなっています。
日本経済新聞出版社から出ており、ファンダム経済を舞台とする今作が発刊されたのが日経新聞と知って、深い内容なのが納得できた気がします。
私は初めて読んだ朝井リョウ作品で、朝井リョウさんのことにあまり詳しくありませんでした。
今作「イン・ザ・メガチャーチ」には、購入者特典としてビハインド映像を見ることができるQRコードがついていて、読了後にこの映像も拝見したのですが、朝井リョウさん、とてもおもしろい。
賢くてチャーミングな方なのだなと思いました。
本屋大賞受賞でテレビカメラの前に現れた時、朝井リョウさんは紫色に髪を染めていらして、「イン・ザ・メガチャーチ」に関連してのことだとおっしゃっていましたが、読んでみて、なるほど、これかと思いました。
別のインタビューでは、朝井リョウさんは「生きる推進力」を描きたかったのだと。
生きる推進力となるものは、人それぞれだと思いますが、所謂「推し活」もそれになりうるものなのでしょう。
推しが生きがいだと答える人も多い中、「イン・ザ・メガチャーチ」で描かれるものを見てしまうと、その沼にはまり込んでしまう恐ろしさも感じます。
中心となる登場人物3人
「イン・ザ・メガチャーチ」は、立場の違う3人の登場人物の視点から描かれ、各話3人のうち誰かの名前がタイトルになっています。
久保田慶彦
47歳の久保田慶彦は、レコード会社に勤めています。
7年ほど前に離婚して一人暮らし、大学生の一人娘澄香と月一のビデオ通話をするも、会話は弾みません。
留学を希望する澄香のために出資することで繋がりを保とうとしています。
職場でも、若手に軽く見られ、かつて情熱をもって取り組んでいた洋楽の担当からは離れて、どこか孤独を感じる日々。
そんな中、今も第一線で活躍する同期から声をかけられ、あるアイドルのデビューに向けた対策チームに加わることになります。
武藤澄香
久保田慶彦の一人娘の澄香は19歳の大学生。
父親の影響で洋楽を好きになり、海外に留学することを目標にしていましたが、大学の仲間たちとのやりとりでどんどん自信をなくしていきます。
そんな中、バイトで知り合ったユリちゃんから聞いたアイドルに自分と似たものを感じ、はまっていきます。
隅川絢子
隅川絢子は、契約社員として働く35歳。
会社の先輩いづみと一緒に俳優の藤見倫太郎の推し活に励んでいます。
契約社員としての収入は低く、いろいろと切り詰めながら推し活のためのお金を捻出する毎日。
ところが、休養中だったその倫太郎が死亡したというニュースで、隅川絢子といづみの生活が変わっていきます。
登場人物それぞれへの感想
久保田慶彦
年齢的に私と近いのは慶彦で、なんとなく今の自分と将来に対する不安とか、孤独とか、後悔とかいったものは伝わってきました。
また、この物語においては、慶彦を追うことでファンダム経済の裏側というか、仕掛ける側を見ることができるので、自分も知らず知らずのうちに引き込まれているのではないかと怖くなります。
ある登場人物のセリフでこんなものがあります。
「神がいないこの国で人を操るには、”物語”を使うのが一番いいんですよ」
宗教・戦争・選挙、これらの仕組みに似たものがあると朝井リョウさんは言っていました。
非常に深いなと思うし、恐ろしくもあります。
「イン・ザ・メガチャーチ」には、物語への没入が我を忘れさせ、没入する仲間がいることが更にのめり込ませる要素となると書かれています。
共感したり、思いやったり、誰かを応援したりする気持ちは素晴らしいものだけれど、一方で、そういう熱い気持ちは利用されてしまうこともあるのだなと。
家族を顧みなかった後悔を持つ慶彦が、アイドルデビューを手伝う中であるアイドルと交流を持ち、体調を崩した彼を心配してある行動に出る場面があります。
その行動は、社会人としてはマナー違反だったのでしょう。
ですが読者である私からしたら、そういうあたたかい気持ちを取り戻して走った慶彦を応援していました。
その結果は、ぜひ読んで欲しいのですが、切なかったです、非常に。
そんなもんだよな、と思いながらも「誰かに必要とされたかった」と言っていた慶彦が気の毒でした。
そして慶彦が、新しい仕事に関わった経験を経て、物語のラストで知る真実にどう対処したのかが気になります。
武藤澄香
澄香の不安な気持ちはわかる気がします。
周囲の人と比べて、自分の夢見ていたことや、自分自身に自信がなくなるのはよくわかるからです。
ですから、バイト先のユリちゃんの存在は、読んでいる側としてもとても貴重で大事にしたいものでした。
そのユリちゃんが、距離を置きたくなる相手へと澄香は変わっていってしまいます。
そもそもなんで澄香はユリちゃんのアクスタを取っちゃったんだろう?
ひとこと言って借りるとかはできなかったのか?
そのアクスタだった、アイドルデビューを控える道哉に自分との共通点を見出した澄香は、どんどん道哉にはまっていきます。
世の中の推し活のすごさを私は知らなかったけれど、ここまでするんだ?と驚きました。
私も好きなゲームにはとことんのめり込みますが、課金はしない、など一定のラインを引いています。
久保田慶彦の話にも登場しますが、推し活というのはその大半の人が、そういうラインを決めて、楽しめる範囲で行っているとあり、それを超えて没入するのはある種の才能だと。
そういう没入できる才能を持つ少数派を狙って、仕掛けてくる側は仕掛けてくるのです。
のめり込み過ぎた澄香は、父親に嘘をついてお金をもらったり、ユリちゃんのスマホを借りようとしたり、どんどん行動がエスカレートしていきます。
隅川絢子
絢子の話は、私にはわからない用語のオンパレードで、???となる箇所が多かったです。
ネット上で使われるワードだったり、推し活に励む人たちが使うワードだったりで、後に澄香も多用します。
絢子もいづみも自分の生活を切り詰めてまで応援していた推しがいなくなってしまったことによる喪失感は、本当に大きかったと思います。
その喪失感が大き過ぎたのか、怪しい霊媒師に多額のお金を支払ったりします。
普通に考えて詐欺だよね、とわかるのですが、実際まさかと思う詐欺被害が多発している現在、他人ごとではないと思わされます。
孤独にさいなまされてロマンス詐欺にひっかかる、というのと同じなのでしょう。
そしてそのうち、倫太郎の件から陰謀論まで発展し、よくわからない団体に所属し、お金はとられて生活はどんどん厳しくなっていきます。
最後の最後の絢子のいづみに対するモノローグから、絢子は目を覚ましたのかな?と思わされますが、人間ここまでいってしまうのか、と思って、過去の宗教団体による事件を思い出しました。
すみちゃん
「イン・ザ・メガチャーチ」は、立場の違う3人の登場人物の視点から描かれ、各話3人のうち誰かの名前がタイトルになっています、と前述しましたが、ひとつだけ『すみちゃん』がタイトルになっている話があります。
とても短い話で、空腹に耐えながらコンビニで働く人の姿が描かれています。
おそらくこれは、ふたりの『すみちゃん』を描いているのだと思われます。
ふたりとも、コンビニのバイトに入っていました。
もともと、似た名前をつけたなあと思っていたのです。
武藤澄香と隅川絢子。
どちらも『すみちゃん』です。
ずっと関わりを持たないふたりですが、物語の最後でふたりはある場所でお互いを見て、相手にかつての自分を重ねます。
なるほど、朝井リョウさん、うまいですね。
だから『すみちゃん』にしたんですね。
朝井リョウさん自身、この「イン・ザ・メガチャーチ」では「視野」というワードを重視していると話していました。
視野を広げる・狭めるという話が何度も登場します。
澄香は、大学の友達の間で、世界の出来事を語り視野を広げることが大事と話される中で、かえって視野を広げ過ぎたばかりに自分のすべきことがわからなくなってしまいます。
誰にとっても正しいことなんてこの世に存在しないことも同時に知ってしまって、身動きが取れなくなってしまう
そして視野をぐっと狭めて、道哉にのめり込み、その仲間たちの中に所属することに喜んでいます。
絢子はその逆。
狭めて倫太郎だけになっていた自分から、世界を裏から操ろうとする黒幕について語り、視野を広げようと声を上げる団体に所属します。
個人的には、絢子の最後のモノローグから、絢子といづみが再出発するストーリーを読んでみたいと思っています。
朝井リョウさんの作品を読んで
気になりつつ読んだことのなかった朝井リョウさんの小説。
「イン・ザ・メガチャーチ」は、怖さもありながら深く考えさせられ、なにかを信じることや信じさせられることの危うさも感じました。
朝井リョウさんのおっしゃる、宗教・戦争・選挙にもつながるファンダム経済が、非常に怖いものとしてうつりました。
しかし好きなものは好きなものです。
好きなものを応援したり、好きなものに囲まれて幸せを感じることも大切。
適宜ラインを引きつつ、自分で判断できるゆとりも持っていたいと思います。
ほかの朝井リョウさんの作品も読んでみたくなりました。


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