2024年本屋大賞を受賞した「成瀬は天下を取りにいく」は、宮島美奈さんのデビュー作で15冠受賞という小説です。
続編「成瀬は信じた道をいく」も出ており、人気作となっています。個性的な主人公・成瀬あかりを中心に、周囲の魅力的な登場人物との青春物語と感じました。そして滋賀県大津市への地元愛が満載です。滋賀県と言えば、の西川貴教さんの名前も出てきます。
成瀬は天下を取りにいく
宮島美奈さんのデビュー作「成瀬は天下を取りにいく」は、第1話の「ありがとう西武大津店」と第3話の「階段は走らない」が小説新潮に掲載され、その他の話は書き下ろしだそうです。
滋賀県大津市に住む女子中学生の成瀬あかりが主人公。
続編は、「成瀬は信じた道をいく」です。
第1話 ありがとう西武大津店
最初の話は、滋賀県大津市にある西武大津店が、コロナ禍の中閉店することになり、成瀬が「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」と切り出したことから始まります。
島崎とは、成瀬と同じマンションに住む幼馴染の島崎みゆき。
島崎の思い出というかたちで成瀬が紹介されていきます。
成瀬は小さい頃からなんでもできて優秀だけどマイペースで、小学校5年生の頃には周囲の女子に疎まれる存在になり、無視をされたり仲間外れにされたりしていました。
島崎は、自分も同じクラスだったものの、わが身可愛さで成瀬を助けはしなかったと言います。
成瀬本人はそれでもお構いなしでマイペースを貫き、天才シャボン玉少女として地元のテレビ局に取り上げられたことがきっかけで、クラスの一部に認められ、中学に上がってからはいじめのようなこともなくなって、島崎と登下校をしています。
成瀬が西武に捧げる夏とは、閉店まで毎日西武に通って、西武から毎日中継をする地元ローカルテレビ局の情報番組に映り続けるというもの。
西武ライオンズのユニフォームを着て、マスクをして、毎日毎日映るのです。
テレビ局のスタッフは、成瀬にノータッチですが、見続けている視聴者には気になる存在となっていき、話しかけられてものをもらったり、当時はTwitterだった現Xでタクローというひとにつぶやかれたりします。
島崎も時々一緒にユニフォームを着て映ったりしました。
何があっても通い続けた成瀬ですが、閉店のその前日、おばあちゃんが亡くなって葬儀のために最後の日に行けないことになってしまいます。
時々しか一緒に行かなかった島崎ですが、成瀬に言われて毎日見届けていたので、しかたのないこととは言えやるせない気持ちになり、閉店当日は島崎が西武に向かいます。
でも、成瀬は現れました。
きっとおばあちゃんも応援してくれると言って、親せきみんなが送り出してくれたのです。
第1話はコミカルなところもありつつ、全体として淡々と進んでいくし、成瀬のちょっとつかみどころのない性格もあって、大きな盛り上がりもないものの、島崎の語る成瀬が魅力的だし、青春だなあと気持ちよく読めました。
第2話 膳所から来ました
「膳所」と書いて「ぜぜ」と読む滋賀県大津市にある地名です。
第2話では、成瀬はこんどは「お笑いの頂点を目指そうと思う」と宣言し、M-1出場を決めます。
相方はもちろん島崎。
最初はさほど乗り気ではなさそうだった島崎も、成瀬とならやれそうな気がして練習に励み、コンビ名も「ゼゼカラ」と提案します。
出だしのあいさつは「膳所から来ました!ゼゼカラです!」
結論から言うと、M-1本戦までは進めないのですが、毎年チャレンジし、学校の文化祭でも漫才を披露し、この活動が第6話につながっていきます。
これも、自分のやりたいことに向かってひたすら励む、友情と青春の物語になっています。
第3話 階段は走らない
この第3話は、いきなりおじさんが主人公になります。
この話と第1話が小説新潮に載ったものだそうで、なぜこの第3話が「成瀬は天下を取りにいく」に入っているのか疑問に思う出だしです。
でも成瀬とつながりがありました。
主人公・稲枝敬太は、成瀬と島崎が通ったときめき小学校のOBで、西武大津店に思い出があり、西武に通い続けた成瀬を見ていたひとり・Twitterのタクローだったのです。
敬太の友達・吉嶺マサルは、ときめき小学校のあるときめき坂に法律事務所をかまえる弁護士で、顔が広くて行動力抜群。
敬太とマサルは、小学校の頃仲良くしていたメンバーで西武で遊んでいた際、リーダー的存在だったタクローとちょっとしたことで意見がぶつかり、そのあと顔を合わせないままタクローが転校してしまったということがありました。
その後30年経ってもなお、マサルはずっとタクローを気にし続けていたのです。
敬太も、Twitterのアカウント名をタクローにするくらいですから、やっぱり気にしていたのでしょう。
西武大津店閉店がきっかけともなり、偶然小学校時代の友達と再会したふたりは、同窓会を開くことにします。
コロナ禍で延期したりしながらも、同窓生を集めるため、マサルが代表となり、敬太がホームページを作成し、全国に散らばった同窓生を探します。
そこでやっと見つけたタクローと、西武大津店で再会するのです。
おじさんの、幼き日のわだかまりや思い出がなんとも言えず、この話もやっぱり青春かなあと言った感想。
そしてこの第3話が、第6話につながります。
第4話 線がつながる
第4話は、成瀬と小中高と一緒の同級生・大貫かえでの目線で語られます。
大貫かえでは、特に目立つタイプではないものの成績優秀で、成瀬と同じ進学校である膳所高校に入学し、成瀬と同じクラスになります。
ところが成瀬はなんと丸坊主。
成績トップで入学し、新入生代表として入学式であいさつするも、その丸坊主の姿や独特の雰囲気に、同じ中学から来たと知られたくない大貫。
実は、大貫は成瀬がみんなに無視されていた小5の時も同じクラスで、成瀬を嫌って持ち物を隠そうとしていた女子の片棒を担がされそうになったことがありました。
その頃の思い出も、第1話では島崎目線でしたが、第4話は大貫目線で語られ、大貫から見ると、当時の島崎は確かに成瀬を助けはしなかったものの、決して悪口には参加せず、島崎は成瀬の親友であり相棒であり、唯一成瀬を的確につっこめるのが島崎だという認識でした。
その島崎は、高校は別れてしまったため、高校での成瀬は島崎より大貫の方がわかる立場です。
ふたりが通う膳所高校では、部活動の○○部が○○班と呼ばれるそうで、成瀬は「ちはやふる」を読んでかるた班に所属します。
高校に入っても相変わらずのマイペースを貫く成瀬。
成瀬はクラスの自己紹介で得意のけん玉を披露し、おかげでその後に続く自己紹介がいい雰囲気になったりします。
大貫は、本人曰く自分は学校のカーストの下のチームで過ごしてきていて、高校では変えたいと思っており、くせっ毛を矯正した新しいヘアスタイルで臨んでいました。
そういう意気込みだったのが、思うようにはスタートが切れません。
道でばったり会った島崎が、大貫の新しい髪型に気づいてくれたものの、島崎の興味は大貫自身ではなく、大貫と同じ高校に通う成瀬の様子はどうかといったことだったので、少し落ち込んだ様子。
そして成瀬の坊主の理由を知ります。
人間の髪は、1か月で1cm伸びるというが、それは本当なのかを知るために、自分の頭を剃って高校3年間伸ばしてみようと思ったとのこと。
やりたいと思ったことにただひたすら邁進する成瀬を見ていた大貫も、目指すものを見つけます。
それは東大受験。
たぶん、成瀬を本当に好きになるまではいかないように見える大貫ですが、確実に成瀬の影響が及んでいる友達です。
そしてその大貫のことを、成瀬は、どうも自分は大貫に嫌われているようだが、自分は大貫が嫌いではない、と言っています。
第5話 レッツゴーミシガン
第5話は、成瀬が高校2年の時のかるた班の大会に、広島代表として参加していた同じく高2の西浦航一郎が成瀬に恋するお話です。
競技かるたでの成瀬のパフォーマンスが気になり、そのまま目を奪われた西浦。
それを見た友達の恋多き男子・中橋結希人の後押しもあって、西浦は思い切って成瀬に声をかけることに。
成瀬はそれを受け、地元の観光案内を引き受け、ミシガンに乗ろうと誘います。
ひとりでは不安な西浦に、中橋も付き合いますが、なるべくふたりにしてくれる中橋。
西浦と成瀬はいろいろ話をしますが、成瀬は終始いつも通り。
成瀬は相手が目上であっても敬語は使わず、「そうか、では○〇だな」というような、一昔前の優等生男子のような話し方をします。
途中、琵琶湖で身投げしそうな人を見つけて止めに入ったり、いつものままの成瀬を見て、やっぱり西浦は成瀬が好きになったよう。
そういう淡い恋心を打ち明けると、成瀬はしばらく考えますが、少し時間をおいてから
自分にはやりたいことがたくさんあって、そういう恋愛ごとは人生の後半でと考えている、というような趣旨で、西浦の気持ちに喜びつつも応えられないと返事をします。
成瀬の目標は「200歳まで生きる」だと聞いていた西浦は、人生の後半って・・・とちょっと考えてしまいますが、スマホを持っていない成瀬が教えてくれた、家の電話番号と住所を見て、広島から手紙を書こうと思うのでした。
爽やかだなあと感じるお話。
第6話 ときめき江州音頭
最終話はみんな登場という話です。
広島の西浦は出ませんが、広島土産のしゃもじを成瀬が使っています。
その後の彼らしき記述が続編「成瀬は信じた道をいく」に少し出てきます。
続編については以下をどうぞ。
大貫も登場します。
成瀬の住むときめき地区で開催される「ときめき夏祭り」の実行委員長が第3話の吉嶺マサルで、同じく実行委員として稲枝敬太も登場します。
公園で漫才の練習をしていたゼゼカラを見たマサルは、ゼゼカラのふたりに「ときめき夏祭り」の総合司会を依頼し、成瀬と島崎は引き受けます。
そんな中、成瀬は島崎が東京へ引っ越してしまうと知ります。
島崎の両親はもともと県外から来ていて、仕事で東京に転勤が決まり、島崎も一緒に東京へ行って東京の大学を受験しようというのでした。
幼稚園からずっと一緒だった島崎がいなくなってしまうと知って、マイペースを貫いてきた成瀬の調子が狂いだします。
実は少し前、成瀬は高校卒業を待たずに髪を切っていました。
丸坊主から一度も切らずにただ伸ばし続けると不格好になる、という事実を知り、その頭を見た大貫にもう切ったらどうかと言われて切ったのです。
もちろん切る前に伸びた長さを確認して。
でも、自分が知らない間に切られてしまった島崎には、今まで成瀬の途方もない目標をずっと見守り続けていたのに、と残念がられてしまったのです。
成瀬は今までのことを振り返り、西武の件も、漫才の件も、実は自分が無理やり島崎を巻き込んでしまったのではないか、と悩みだします。
成績優秀な成瀬は、東大受験も可能だけど、家から通えるという理由で京都大学を受験する予定です。
(作者の宮島美奈さんも京大出身だそう)
教科書の問題なんてとっくに解き終わっていて、順調に問題集を進めていたのに、思うように勉強が進みません。
島崎がいなくなってしまうことで、何もかもがうまくいかないのです。
そんな成瀬に救いとなるひとことをくれるのが敬太。
ちょっと雰囲気の違う第3話が、ここにきて活かされるという展開です。
結末はぜひ実際に読んでみてください。
主人公・成瀬あかりについて
「成瀬は天下を取りにいく」を検索すると、アスペルガーとか発達障害という言葉が見られます。
おそらく個性的な主人公・成瀬のことなのでしょう。
確かに成瀬は、一度見た顔や聞いた名前は必ず覚えるし、苦手な科目は存在しないという天才です。
そしてまじめな努力家でもあります。
話し方も独特だし、周りから無視されていても意に介さずマイペースを貫きます。
みんなが笑顔で映っている写真に、ひとりだけ無表情で映っていたりします。
でも、思いやりはあるし、相手を傷つけるような言動も基本的に無く、丁寧に接しています。
広島の西浦の告白への返事も、誠実でした。
島崎に対する自分の今までの行動を振り返って悩んだりもしています。
昔、小児科の先生に、発達障害とは何かという話で、「その子の個性が、その子が社会生活を送る上で困難になるものだったら発達障害」と言われたことがあります。
成瀬は、アスペルガー的にみられる部分はあるものの、正義感あふれる素直な頑張り屋という印象で、どこか危なげな部分もきっと、島崎や周りのみんながフォローしながら応援してくれているのでしょう。
それなら「発達障害」と言わなくてもいいのかもしれないなと思いました。
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