2025年3月20日公開の映画「少年と犬」の原作は、第163回直木賞受賞作である馳星周さんの小説「少年と犬」です。多聞という名の犬の、ある目的を持った長い旅の話です。和犬とシェパードの雑種の多聞は、強くて賢い犬。途中で出会う人々との関わりがそれぞれ語られ、6つの章でできた小説になっています。映画では設定が小説と少し違うようです。この記事では原作小説「少年と犬」について感想とあらすじをまとめています。
男と犬
原作小説の大震災から半年経った仙台という設定は映画と同じで、高橋文哉さん演じる中垣和正が震災で職を失い、若年性認知症の母を姉の麻由美(演:伊原六花さん)がみています。
ある日、和正はやつれて腹ペコの犬を見つけて拾います。それがこの物語の中心となる犬の多聞。首輪に名前が書かれていました。
和正は、母と姉のためにもお金が必要で、悪い先輩(演:伊藤健太郎さん)の紹介で窃盗団のドライバーを引き受けてしまいます。
出かけるたび、多聞を守り神として連れて行くのですが、多聞はいつも南(映画では西)を気にしていることに和正は気付きます。
多聞はよくしつけられた賢い犬でした。南に行きたがっているのだと和正にはわかりましたが、そこがどこだかわかりません。
しばらく多聞と過ごす中、和正家族は多聞に癒されます。
しかし、和正がドライバーを務める窃盗団は襲撃を受け、和正は大けがを負い、前から多聞を欲しがっていた窃盗団のひとりであるミゲルが多聞を連れて逃げて行ってしまいました。
原作小説では、ここでこの章は終了し、和正は退場なのです。
映画では高橋文哉さん演じる中垣和正が多聞を追いかけてくるようです。
このあたりの設定がどう活きてくるのでしょうか。
泥棒と犬
ミゲルとともに逃走する多聞。
ミゲルも祖国では貧しい暮らしの中苦労して育っていて、相棒の犬がいたようです。
逃走中、ハーミという人物が多聞に目を止め、ミゲルと多聞を車に乗せてくれます。
道中、ミゲルの幼い頃の過酷な生活がわかり、ハーミは魚沼市までミゲルたちを乗せると、連絡先を交換して別れます。
犯罪者ではありますが、多聞のことを大切にしていたミゲルは、相変わらず南を気にかける様子の多聞をリードから外し、
「おまえが守るべきやつのところへ行け」と多聞を放し、途中振り返って気にする多聞を見送ります。
その後、ハーミはミゲルらしき人物が殺されて遺体で発見されたというニュースを見ますが、
「ミゲルはタモンを南に向かわせてやったはずだ」と思うのでした。
夫婦と犬
舞台は富山市内の山間の小さな集落に移ります。
中山大貴は、トレイルランニングの練習中の山の中、クマに遭遇しかけたところをぼろぼろの首輪で名前がわからなくなってしまった多聞に救われます。
そこで多聞を家に連れ帰った大貴。
犬を飼った経験のある妻の紗英に、多聞のことは丸投げします。
小さい頃に飼っていた犬の名前クリントで紗英は多聞を呼びます。
一方、大貴はトンバと呼びました。
誰にでも優しく行動力があるけれど考えなしで自分勝手、紗英に稼いでもらって自分は好きなことばかりしている大貴と結婚したことを後悔し始めている紗英。
紗英ができた妻だと認めていて、ダメな自分をわかっていても体を動かしていたい、あと5年、と紗英に甘えて無神経な物言いをする大貴。
それぞれに多聞に思いを打ち明けるふたりですが、お互い思うことはすれ違ってチグハグです。
紗英の機嫌を取るために多聞の朝の散歩だけするようになった大貴は、ある日多聞と登山道を上り続け、途中で滑落してしまい、遺体で発見されます。
死んでほしいと思ったわけじゃないと落ち込む紗英は、多聞を探しますが、救助隊の話では、救助隊が到着するまで崖上で大貴を見守っていた犬がいたがいつのまにかいなくなっていたそう。
娼婦と犬
映画で西野七瀬さんが演じる須貝美羽が登場します。
山中で車を走らせる美羽の前にけがをした多聞が。
獣医のところへ多聞を連れて行く美羽。
そこで、多聞の体に入っていたマイクロチップで、岩手で飼われていた「多聞」という名の犬と判明しますが、飼い主と連絡がつきません。
けがをしているのに自信に満ち溢れた超然とした目を持つ多聞に惹かれた美羽は、多聞を飼うことにしました。
多聞と呼ぶと、元の飼い主を思い出してしまうだろうと、美羽はレオと名付けます。
こんどは西を気にしている多聞に気づく美羽でしたが、いろいろなことに傷つき疲れていた美羽は、レオこと多聞との日々で癒されていくのでした。
映画の西野七瀬さん演じる美羽は、かなり重要人物のようで、多聞を探していた和正と出会う役どころですが、原作ではこのふたりに接点はありません。
映画紹介にもある美羽の犯したある罪については、原作と同じ罪なのか違う設定なのか、気になるところです。
ある事態が起き、美羽は車で多聞をなるべく西の方へ連れて行ってやってから別れます。
原作もぜひ読んでみてください。
老人と犬
舞台は島根県。映画では柄本明さんが演じる片野弥一が登場します。
庭の物音に気付いた弥一は猟銃をかまえてその音に近づきます。弥一は猟師なのでした。
ところがそこにいたのはガリガリに痩せた犬。
でも弱々しく見えないその姿に、「強い犬だ」と感じた弥一は、その犬の様子に賢さもあるとわかり、食べ物を与えて次の日獣医に診せに行きます。
マイクロチップで、岩手にいた多聞と判明しますが、弥一は多聞をノリツネと呼びました。
妻が亡くなった後、妻の残した田畑を大事に作物を作っていた弥一。ノリツネと暮らそうと決めます。
やはり多聞の飼い主とは連絡がつかず、獣医はネットの迷い犬情報に多聞のことを登録しました。
何頭も猟犬を飼っていた弥一は、最後の猟犬を無くしてから、猟師を引退するつもりでした。
多聞のことも猟犬にするつもりはなく、そのぬくもりに癒され相棒として暮らし始めます。
そこで多聞が西南を気にしていることに気づき、多聞はおそらくその西南を目指して岩手から遠く島根まで来たのだと弥一は悟ります。
弥一は膵臓がんでした。治療は望んでいません。
同じく膵臓がんで倒れ、家に帰りたいと望みながら病院で治療し、そのまま亡くなった妻に負い目がある弥一は、妻の望んだような最期を迎えるつもりなのでした。
弥一は考えます。ノリツネこと多聞が自分の家に来てくれて、西南を気にしつつとどまっているのは、自分の死を見届けてくれようとしているのではないか。
痛みが強くなる体でままならない生活の中、弥一は古い知り合いに、自分が死んだら多聞を九州へ連れて行ってやってくれと頼みます。
そんな中、クマが現れましたが猟友会は仕留めそこない、ベテランで腕利きの弥一を頼ってきます。
多聞を連れて、思うようにならない体で山に入り、クマを仕留めようとする弥一でしたが・・・。
少年と犬
舞台は熊本県。映画では斎藤工さんが演じる内村徹が運転する車の前に現れた、ガリガリの薄汚れた犬。けがもしている様子。
獣医に診せた内村。犬は命に別状はないが栄養失調。マイクロチップから、岩手県・釜石市の出口春子さんが飼っていた多聞・6歳と判明します。
内村徹とその妻・久子(演:宮内ひとみさん)は、4年前まで岩手県釜石市に住んでいました。
漁師だった内村は、津波で家も船も失い、息子の光が海を怖がるようになり、親せきを頼って熊本に来たのでした。
この息子の光こそ、小説のタイトルの「少年」であり、多聞がはるか岩手から目指してきた「少年」なのです。
なぜ多聞は光に会いに来たのか。
物語の結末は、まったく私の予想外のものとなり、感動とともに切ない気持ちにさせられました。
映画は設定が違う部分があるので、結末も原作小説とはもしかすると違うのかもしれません。
最近映画になった「正体」も、染井為人さんによる原作小説の結末とは違うものでした。
「正体」については以下の記事をどうぞ。
明日公開の映画「少年と犬」はどんな内容になっているのでしょうか。
犬好きにはたまらない原作小説です。わたしもかつて飼っていたベスを思い出しました。
言葉の通じない犬ではありますが、ベスも、散歩相手が誰なのかによって歩いたり走ったりするスピードや距離を加減してくれるような賢い犬でした。
多聞の旅は、少年・光を目指していたけれど、途中で出会う人々に寄り添い、癒して見守る多聞には、本当に犬は特別な生き物なのかもしれないなと思わされます。
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