かつて亀梨和也さん主演でドラマ化もされている「正体」が、横浜流星さん主演で映画化されました。横浜流星さんと言えば、現在NHK大河ドラマ「べらぼう」でも主演されています。トッキュウジャーグリーンが大活躍されていて、お母さん目線でうれしくなります。そのドラマ版・映画版「正体」の原作である染井為人さんによる小説「正体」は、口コミ評価もかなりいいようで電子書籍で購入しましたが、一気読みでした。切ない結末に、何とも言えない気持ちになり、ドラマ版や映画版を調べると結末が違うようです。この記事では原作小説を中心にまとめました。ネタバレもあるのでご注意ください。
「正体」あらすじは
ネタバレ注意
埼玉で一家3人が殺害された事件で、犯人として逮捕されたのは当時まだ高校生の18歳・鏑木慶一。
若い夫婦と2歳の子が刃物で殺され、同居していた夫の母だけが生き残った事件で、死刑判決を受けていた鏑木慶一が事件の1年半後に脱獄します。
その鏑木慶一が、名前や姿を変えながら逃亡する間のことが物語になっています。
逃亡先で知り合う人々は、鏑木慶一に助けられることが多く、行く先々での鏑木慶一の行動を追っていくうち、読者は本当は鏑木慶一は殺人を犯していないのではないのだろうかと思い始めます。
そう、鏑木慶一は冤罪なのです。
彼は自分の無実を知るはずの人物、殺害事件で生き残った被害者の母・井尾由子に証言してもらうべく脱獄したのでした。
実は井尾由子はまだ50代なのですが、若年性認知症でした。
鏑木慶一が犯人ではないことを知っているはずなのですが、息子夫婦と幼い孫が殺されたパニックもあって自分の記憶に自信がなく、警察に問われる中で鏑木慶一が犯人だと言ってしまったのです。
井尾由子の居所を探しつつ、若年性認知症のことや法律についての知識を得ながら、偽名でも稼げる場所を転々として鏑木慶一は逃亡を続け、ついに井尾由子の居所をつきとめ、彼女の説得を試みるのですが・・・。
逃亡中に出会う人々の間に起きる事件や、もめ事にあうたび、鏑木慶一はそれを見捨てることができず、自分の正体がばれて捕まる危険があるのにも関わらず、出会ったひとたちを助ける行動をとります。
もともと鏑木慶一は、児童養護施設で育っており、もしかすると家庭環境には恵まれていなかったのかもしれないのですが、とてもまじめで聡明で優しく、背の高い美少年です。
物語の中で、この背の高さが鏑木慶一の正体を疑うひとつの要因になるのですが、ドラマ版・亀梨和也さんも映画版・横浜流星さんも失礼ながらそこまで高身長ではないような??まちがいなくイケメンとは思いますが。
始めのうちは帽子やヒゲとメガネ、カラコンとメイクなどで人相をごまかして逃亡しますが、途中で整形の手立てを知り、後半では二重を一重に、きれいに整っていた鼻筋も曲がり、くちびるの形も変わってしまいます。
本当はとてもいい子なのに、どうしてこんな冤罪事件が起きてしまうのかとたまらない気持ちになります。
プロローグ 脱獄から一日
プロローグでは、鏑木慶一の脱獄のニュースと、その1年半前に起きた埼玉での一家殺人事件についてが語られます。
登場人物は高校3年生の酒井舞とその家族で、舞の目線で事件の始まりが読者に語られます。
この舞が、後に鏑木慶一の逃亡生活最後の日々に関わる人物となります。
一章 脱獄から四五五日
一章は、いきなり455日後に飛び、
舞台は千葉県の老人ホーム。あの井尾由子が入居しています。
登場人物はそこで働く四方田保と、社長の佐竹。
人手不足のこの介護現場に、新しく面接を受けに若い青年・桜井翔司がやってきます。
180㎝以上はある背の高い、切れ長の一重まぶたで長い前髪、右目の下の涙ぼくろ、鼻がくの字に曲がっていてややめくれた下唇。
細身だがたくましく、穏やかな話しぶりで機転が利く、四方田保曰く、「ちょっとミステリアスで、超のつく好青年」でした。
予想できたと思いますが、この桜井翔司が鏑木慶一です。
とうとう井尾由子のところにたどり着き、介護職員として老人ホームにやってきたのでした。
この章で、井尾由子にはなにか問題があるらしいことや、桜井の有能さが保目線で語られます。
また、この段階で、世間ではいまだに捕まらない鏑木慶一が問題になっており、その一方で『鏑木慶一くんを支えよう』というコミュニティが立ち上がっていることがわかります。
二章 脱獄から三三日
そして二章は、脱獄後から間もない頃に時間がもどります。
舞台は東京の、オリンピック会場となる施設工事の現場。
登場人物は、現場で働く野々村和也を始めとする、住み込みで日雇いバイトをする面々。
和也は暴走族あがりでいろいろあって地元を追われ、17歳からその日暮らしの生活をしています。
その現場に、みんなにアニメキャラからくる「ベンゾー」とあだ名をつけられた遠藤雄一という新入りの青年がいました。
あまりみんなと関わろうとはせず、長身痩躯、ニット帽、度の強いメガネ、法律の本を持っていて、無精ひげだが女っぽいツラ。
そうです、鏑木慶一です。実は優しくて繊細、知性にあふれた物言いをすると現場で働く平田じいさんに言われています。
ここで平田じいさんが現場で怪我をして働けなくなります。
職場は劣悪な環境、ブラックもブラック、身元のはっきりしない人々を労働者として雇い入れていて、保障なんてありません。
そんな会社だったからこそ鏑木慶一が潜り込めたとも言えますが、さて生活費に困る平田じいさんを見かねた仲間たち。でも助けるほどの余裕は誰にもありません。
そこで和也が思いついたのは、ダメもとで法律の勉強をしているらしいベンゾーに相談すること。
これを機に、和也はベンゾーこと鏑木慶一に関わることとなり、困ったひとを見捨てることのできない鏑木慶一が、平田じいさんを助ける行動をとるのです。
和也とベンゾーは友達のような不思議な関係になっていきますが、ある時、和也は実はベンゾーは逃亡中の鏑木慶一なのではないかという疑いを持つことになります。
でも、ベンゾーとのことを思い出すに悪い奴とも思えず、本当に殺人鬼だったらという恐怖もあり、悶々としながら110番をかけたのに結局言えずに切ったところをベンゾーに見られます。
そしてベンゾーこと鏑木慶一は姿を消しました。
その10日後やってきた警察に、一番親しかった和也は事情聴取を受けますが、その中でも和也はベンゾーを疑いきれずにいます。
ここで刑事の又貫という人物が和也の印象に残ります。
映画版ではこの又貫刑事を山田孝之さんが演じていて、原作小説とは違う設定の深い心情を演じて話題となりました。
三章 脱獄から一一七日
建設現場を後にして、
舞台は東京渋谷、
登場人物はメディア会社に勤める安藤沙耶香、35歳・年収900万の独身女性。
本当はキャリアウーマン志向などない女性でしたが、腕を買われてヘッドハンティングされ、多忙な日々を送りつつヘッドハンティングしてくれた女性上司と、気の合う後輩のいる会社で頑張っています。
ただ、8年不倫して別れた男性との苦い思い出を引きずっていました。
そこへ沙耶香が取りまとめる在宅ライターたちのひとりとして新しく入ってきた青年が那須隆士、23歳。
背が高い金髪にスクエアメガネ、爽やかでおしゃれでモデルのよう。23歳よりも若く見え、うっすらメイクでカラコン。
税金滞納で身分証明できるものがないという小説家志望だが、丁寧な言葉づかいでライター仕事のルールも守る。
正体は鏑木慶一ですから、この時点でおそらく20歳前後。若く見えるのは当然です。
そんな那須を夕食に誘った沙耶香。
そこでお酒を飲むのが人生2度目という那須が、1度目のことを沙耶香に聞かれ、
「数か月前。友人と缶チューハイを」と答えます。
これは、和也の事なのです。このセリフで切ない気持ちになりました。友人だったんだよね、本当に。

飲みながら話すうち、若いのに、ちょっと古風で固い言葉遣いをする浮世離れした青年に、なぜか沙耶香は誰にも言えないでいた不倫のことまで話せてしまうのでした。
そして、那須の荷物などから、家がないことを察した沙耶香は、なんと自分の家においでと那須に言います。
そして始まる秘密の同棲生活。
大人びているのにどこか幼く、初めてのことや知らないことが多い那須。
洗濯以外の家事はすべてこなし、ライターの仕事も続けて外には出かけない。
そのうち、安藤さんと言う呼び方をやめてよという沙耶香のことを、「さーや」と呼ぶことに。
那須に惹かれていく沙耶香。那須も沙耶香との生活を楽しんでいるようでした。
でも沙耶香は、時々那須の嘘を見抜き、なにか影があることにも気づきます。
そんな沙耶香が帰省の折に逃走中の鏑木慶一の話題が出て、その潜伏先だった現場のテレビ映像で、鏑木慶一のことを親切だったと泣きながら話す前歯のない男の人の話が出ます。おそらく平田じいさんでしょう。
その帰省から沙耶香が自宅に戻ると、那須は不在で、なんと別れたはずの不倫相手が。
言うことなすことクズ男で、沙耶香を倒して襲いますが、危ないところで那須が帰ってきたためそれ以上のことにはならずに済みました。
那須の前ですべてを話して泣き崩れる沙耶香を、那須は黙ってそばにいて背中をさすってくれるのでした。
ところがこのクズ男が、那須が鏑木慶一に似ていると気付きます。
初めは否定する沙耶香でしたが、そうだとすれば今まで不思議に思っていたことが全部納得がいくとわかった時点で、絶望感におそわれ、仕事も手につかなくなりミスを連発し、上司や後輩に心配されてしまいます。
同棲を始めて3か月、恋人同士ではなく、沙耶香に一切手を出さない那須でしたが、無意識のうちにこぼしたような言葉がありました。
「さーやといると、安心できるんです」
沙耶香は那須を守ろうと決めます。
そんな沙耶香の家に、あの又貫刑事が訪ねてきます。鏑木慶一を追って。
似た人物がいると言う通報を受けてやってきたのです。
沙耶香はうまく切り抜けようとしますが、強引に押し切られ、家に上げなければいけない事態に。
沙耶香は下着を取り込みたいと言って時間を稼ぎ、家にいた那須に状況を急いで説明すると、那須は「さーや、やっぱり気づいーー」と言いますが、沙耶香は「過去なんて関係ない」と言います。・・・後日、沙耶香はこの言葉を後悔するのですが。
そしてある那須の案で、なんとか切り抜けます。
ところがなんと、又貫が戻ってくるのです。何かを感じたのでしょう。
那須は見つかり、沙耶香は又貫に飛びかかって、「逃げてっ」と叫びます。
那須は一瞬振り返ってから、4階の沙耶香の部屋のベランダから飛び降りました。
四章 脱獄から二八三日
舞台は、長野県菅平高原の旅館。
登場人物は、渡辺淳二、住み込みで働く53歳で元弁護士。そして一緒に住み込みで働く面々。
渡辺淳二は、やっていない痴漢の疑いをかけられ、その時の駅のホームでのやりとりを動画で拡散され、弁護士を続けられなくなっていました。
この章の旅館でのことは、どうやらドラマ版でも映画版でもカットされているという違いがあるようです。
ただ、渡辺淳二は登場していて、ドラマ版では自殺しようとしているところを鏑木慶一に助けられ、三章の登場人物の沙耶香に、渡辺淳二のことを記事にして無実を証明してあげられないかと相談するようです。
そして映画版では、名前が安藤になっており、沙耶香の父親として登場するため、冤罪の怖さを知っているキャラクターとして沙耶香が生きてくるような設定になっているという違いがあります。
原作では、渡辺淳二と沙耶香に接点はありません。
この旅館で住み込みで働く面々の中に、鏑木慶一がいます。
名前は袴田勲、長身痩躯、洒落た七三刈りで丸縁メガネ、手入れされたヒゲ、インテリな感じの22歳の青年。
旅館の女将が一番の権力者で、夫の大旦那は妻に頭が上がらない気弱な人物。
宿泊客の財布紛失騒ぎでは、女将は住み込み従業員を疑ってひどい対応をし、その怒りを大旦那にぶつける従業員たちとその場をうまく収めたのは袴田。鏑木慶一の思いやりと聡明さを感じる場面です。
住み込みの面々のひとり、23歳の亜美は、スノーボーダーで、旅館で働きながら仕事以外の時間にスノボーを楽しんでいました。
そんな亜美が、いろいろな話の延長で渡辺と袴田をスノボーに誘うことに。
渡辺も袴田も初挑戦で、苦戦する渡辺の横で袴田はぎこちなくも器用にこなし、あっという間に上達して運動神経の良さを披露することになります。

しかも袴田は楽しそう。
「世の中にはこんなに楽しいものがあるんだって思いました」という袴田。
そうだよ、もっとたくさん鏑木慶一が知らないものが世の中にはあるんだよ。堂々と楽しめるはずだったのに。
来週がクリスマスだという話で、「袴田くんに彼女はいないの?」と問われ、袴田は一瞬黙り込んでから、
「少し前、離ればなれになってしまいました」と答えます。
きっと沙耶香のことなのでしょう。沙耶香は、那須(鏑木慶一)は自分には恋愛感情はないと思っていましたが。
ドラマ版・映画版ではカットされているらしい旅館の四章ですが、私的には重要な内容があったと思っています。
それは
- 住み込みメンバーの中にいた元ヤクザの従業員に、逃亡犯が整形を受ける手立てを聞く
- スノボーに出て遭難してしまった亜美を助けるため、自分が捕まる危険がありながら警察を呼ぶことを提案し、自らも捜索に加わる
- 渡辺と出会うことで、渡辺から冤罪の被害者の辛さが語られ、鏑木慶一の辛い思いが垣間見える
といった部分です。
やがて住み込みの面々に痴漢騒ぎの動画の存在を知られ、自殺をしようとする渡辺に袴田が気づき、それをとめます。
冤罪で制裁をくらいすべてを失う理不尽を泣きながら訴える渡辺を、同じように涙を流しながら抱きしめ、袴田は言うのです。
「ぼくにはわかります」
そしてその後、またしても旅館で窃盗騒ぎが起き、例によって女将は住み込みの面々を疑い、警察に届けてひとりひとり調べてもらうと言います。
そして袴田は消えました。
消えた袴田が窃盗したかと疑われましたが、実は大旦那の自作自演。お金を使い込んでいたのでした。
ところがその後、ものものしい警察の立ち入りが。
窃盗の事情聴取で見せた、住み込みメンバーの動画の中に袴田が映っており、それが鏑木慶一だと判明したからです。
みんな鏑木慶一の殺人は本当だろうと言う中、渡辺は鏑木慶一の無実を信じ、一家殺人事件について調べ始めるのでした。
五章 脱獄から三六五日
さて脱獄から1年が経過し、
舞台は山形のパン工場。パートや派遣の社員がキャップとマスクをつけて作業する工場です。
登場人物は、その工場で働く近野節枝55歳、大久保信代56歳、そして笹原浩子50歳。
五章は節枝目線で物語が進みますが、実は笹原浩子はあの井尾由子の妹なのです。
節枝は、認知症で寝たきりの義父の介護をしていて、実の息子であるはずの夫はなんの面倒も見ないのに施設に入れるのはかわいそうだから家で面倒を見ようなどと言います。
30歳の息子は転職を繰り返して母親の節枝に金の無心をする放蕩息子。
日々のストレスや悩みを抱え、信代の誘いに乗って、節枝と浩子は「救心会」という新興宗教の集まりに参加します。
そこで出会った、まぶたがやたら腫れぼったい切れ長の細い眼の、長身の若い男。
その男と浩子が信代の紹介で救心会に入会します。後日、節枝も入会。
そしてそのまま信代の紹介で、この男も派遣としてパン工場に勤めることに。この派遣会社はいい加減な日雇いをする会社のようです。
男の名前は久間道慧、21歳で母子家庭、礼儀正しく山形訛りは無い。母親が若年性認知症だと言います。
それに反応したのが浩子。
その日ずっと元気のない浩子を心配して喫茶店に誘った節枝。
そこで打ち明けられたのが、あの一家殺人事件との関わり。姉を思いながらも一緒に暮らせる環境が無く、遠く離れた千葉のグループホームに姉がひとりでいるのだと。
そして、生で鏑木慶一を見たことがある浩子は、久間がどこか似ている気がすると言います。
でもよく見ると違うと。鏑木慶一は旅館を出た後、きれいな二重を一重にしていました。
その後、浩子は、浩子の前で若年性認知症のことをやたらと話す久間に対して警戒心を持つようになります。
久間と名乗っている青年は鏑木慶一ですから、自分の無実を知っているはずの井尾由子を探しているのです。
そんな中、群馬県で母子殺害事件が起き、その犯人が捕まります。
捕まった犯人は足利清人、24歳で細身の青年。捕まった時、笑っていました。
救心会への入会という共通点もあり、主婦3人と久間は、よく一緒に過ごすようになり、集会へも信代の車に同乗するようになりました。
ある日、信代のイライラ運転とわき見で、中学生をはねてしまいます。
幸い命にかかわるものではありませんでしたが大けがを負いました。
久間は急いで彼の救助に向かい、救急車を呼ぶよう指示。
救急車が到着した時、久間は消えており、それきり工場にも現れず、住所も偽りと判明します。
それでも、中学生を救おうと必死だった久間を見て、浩子は彼を悪く思った自分を反省するのでした。
そんな中、節枝が詐欺被害にあいます。放蕩息子のふりをした詐欺電話に騙され、お金を渡してしまったのです。
落ち込んでいる節枝を誘って浩子が車を出して集会へ向かう途中、原付バイクで近寄ってきたのはなんと久間。
驚く二人に、救心会の闇を調べた資料を渡し、気を付けるよう言うと、お世話になりましたと言って去ります。
救心会は、宗教の体で面接で信者から家庭状況や悩みを聞き出し、その情報を詐欺集団などに売り渡していたのでした。
節枝も、家庭の悩みを打ち明けていたため、放蕩息子の情報を悪用されて騙されたのです。
久間こと鏑木慶一は、ほかにも、仕事を失いそうで元気のない浩子の夫の夜の散歩に付き合い、悩みや愚痴を聞いています。
おかげで元気になった浩子の夫ですが、その時井尾由子の情報も話していたようです。
六章 脱獄から四八八日
舞台は、一章に出てくる、井尾由子がいる千葉県のグループホーム。
登場人物は、プロローグに出てきた酒井舞。高校を卒業後美容学校に通ったものの、途中でやめて地元に戻り介護士として働き始めました。
その勤め先が、桜井翔司こと鏑木慶一が勤めるグループホーム・アオバで、舞は桜井を好きになっていました。
『イケメンとは言えない外見だけれど、丁寧で偉ぶらず、あたたかい眼差しで入居者に接する心のキレイな人』というのが、舞の桜井に対する評価でした。そして『優しいのに近寄りがたいミステリアスな雰囲気』も感じています。
この六章の中で、救心会のニュースが語られ、多くの幹部が逮捕されたことと告発したのが自身も詐欺被害にあった元信者の中年主婦とのこと。節枝なのでしょう。
そして舞は、桜井がたびたび井尾由子の部屋を訪ね、由子の手を握って何かを語りかけているのを見かけます。
そのことを翌日の引継ぎで桜井は報告しないのを不思議に思っていました。
ある日、介護していた入居者が亡くなり、悲しみにくれる舞に声をかけた桜井が言います。
「不謹慎かもしれませんが、服部さんは理想的な終わり方だったとぼくは思います。できればぼくもーーそうやって死にたい」
冤罪で死刑だなんて・・・。

一方、五章で逮捕された殺人犯・足利清人が第一審で死刑判決を下され「鏑木慶一に憧れていた」と供述します。
そんなニュースを見ながら舞は、両親と死刑についての疑問を話します。
死というものをまじめに考える舞は、YouTubeで必死に鏑木慶一に死刑を執行するのは時期尚早、もっと慎重に、とつっかえながら赤面で訴える弁護士の動画を目にします。四章の渡辺でしょう。
ある日、突然あの笹原浩子が姉の井尾由子に会いに来ることになります。動揺する桜井。
桜井は体調が悪いからと早退します。休みなく働いている桜井の早退の申し出に、四方田保は何の疑いもなく了承します。
この笹原浩子の訪問時、舞は井尾由子があの事件の生き残りであることを知ります。
そして事件の事を調べるうち、熱心に由子に語り掛ける桜井が、鏑木慶一なのではないかという疑いにつながり、さらに調べるうちやがて確信となります。
それでも、舞は警察に通報する前に四方田に相談します。
四方田は桜井は人殺しなんてする人間じゃないと言い切り、まずは自分が探ると答え、なぜ自分で通報しなかったのかと舞に問います。
舞の答えは「わたし、好きだったんです。桜井さんのこと」
それを聞いて呆然とする四方田は、はっきりとは書かれていませんが、言動から見ておそらく舞を好きだったのでしょう。
通報しないと言っていた四方田は、桜井に何の確認もしないまま通報してしまいます。
ある入居者は、桜井をいい男と言い、あの井尾由子も彼をいい子と言う。
警察が来たことを桜井に告げる舞に、「殺してない、ぼくのことを信じてもらえませんか」と言って、桜井こと鏑木慶一は包丁を手に舞を人質にし、井尾由子を連れて来いと要求します。それが受け入れられないと、こんどは井尾由子と電話をさせてほしい、それをテレビで流してほしいと要求。
その返答を待つ間、鏑木慶一は舞に事件当日の真相を語り始めるのです。
真相についてはぜひ小説を読んでみてください。
語り終えた後、警察が強行突入。鏑木慶一を取り押さえ、舞を確保、その中で舞に聞こえた「パンッ」という音・・・
以下ネタバレ注意
七章 正体
警察突入後、鏑木慶一がどうなったか。
結論から言うと
原作小説では、
鏑木慶一は死んでしまうのです。
愕然としました。冤罪だったのに!いい子だったのに!死亡という結末なんてあんまりです。
執拗なマスコミから逃れるため、舞はしばらく家から離れて暮らします。舞の家族の温かさに救われました。
そして自宅に戻った舞のところへ、四方田が訪ねてきます。
そして四方田に言われた喫茶店に舞が入ると。
そこで舞は足を止めた。奥のテーブルに四方田がいたのだが、そこには他にも数人の男女の姿があった。くたびれた紺のスーツ姿の中年の男、ニッカボッカを穿き、髪を逆立てた若い男、小太りで化粧っ気のない中年の女、コンサバ系の服を纏った三十過ぎの女。
「正体」染井為人/光文社より
もうここを読んで涙が出てきました。
名前はなくとも、どれが誰だかわかり、ああ、みんな鏑木慶一を信じてくれているのだな、鏑木慶一のために集まっているのだな、と確信できたからです。
この喫茶店で登場人物たちが語る内容も感動しました。
そして、この場では決めかねた舞も、井尾由子に自ら会いに行き、鏑木慶一のことを信じてこのメンバーに加わって戦うことを決めるのです。
エピローグ 白日
鏑木慶一が死亡という切ない内容ながら、死亡後のほかの登場人物たちの動きが感動的で、物語のラストにまた涙が出ました。
文庫版のあとがきにて、作者の染井為人さんが以下のように記しています。
本作を出版後、多くの読者から「鏑木慶一を死なせないでもらいたかった」という声がわたしのもとに寄せられた。わたしもできれば彼に生きていてほしかった。
が、このような結末にせざるをえなかった。それは冤罪がどれほど理不尽で、悲しく、虚しいものなのかを鏑木慶一という人間の死を通して多くの人に感じてもらいたかったからだ。
「正体」染井為人/光文社あとがきより
本当に、冤罪の恐ろしさや、死刑制度のあり方など、嫌でも考えさせられる内容でした。
ドラマ版と映画版では結末に違いが
ただ、死亡する結末があまりに切ないからか、ドラマ版と映画版では、鏑木慶一が生きたままラストを迎えるようです。
特に映画版では、山田孝之さん演じる刑事の又貫にオリジナルの設定が加わり、原作では冤罪であったことや司法と検察、警察の間違いを隠蔽するかのような動きがありますが、それが違った流れになるようです。
又貫自身も考え、悩み、最後に彼なりの結論を出すようで、映画版も見て違いを味わいたいと思っています。
一方で、ドラマ版と映画版ではカットされたエピソードや、原作ならではの良さが楽しめますので、原作小説もぜひ読んで比べてみてください。
【追記】
映画「正体」第48回日本アカデミー賞・最優秀賞受賞おめでとうございます!
最優秀監督賞:藤井道人さん
最優秀主演男優賞:横浜流星さん
最優秀助演女優賞:吉岡里帆さん
その他各賞受賞



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